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● 【preview】ENDLESS RED  ●




 浜田から送られてきたメールは、本文はおろか件名さえも空白だった。
「 ……あいつはホントにばかだよなあ 」
 泉は苦笑すると、すっかり暮れた夜空を見上げる。野球以外の情報から隔離されたような毎日を送ってきた。だからもう梅雨が明けたのかどうかも知らないが、とにかく明日も晴れそうだ。星が瞬いている。
「 気ぃ遣いまくった挙句自爆ってんじゃねーっつの 」
 苦笑が自然に混じったそのつぶやきは、夜になって多少マシになった温度の空気に溶けて消えた。
 三橋の家とは比べるまでもなく狭い庭だが、それでも自宅でバットを触れる環境があることを、今夜ほど感謝したことはない。
「 まあ、それでも伝わった……気はしないでもない、ってことで 」
 ぱたりとフリップを閉じて、息をついた。ちょっとにやついている自分を知っているからイヤになる。
 実際、何一つ文字のないメールを見ただけで、大分鬱屈していたものが軽くなった気がする。
 困ったことに、惚れていた。
 いつも「 なんであいつなんかを 」という気持ちと「 だからあいつが 」という気持ちが同居している状態だ。それはもう若干十五歳にあらがえるようなものであるわけもなく、もはや泉的には『男同志なのに』とかいう次元を飛び越えてしまった感がある。
 恋をした自分がどれほど現金で簡単な人間になってしまうのか、人生ではじめて実感していた。
 だから、こういうフクザツな心境の時に浜田に接触するのは結構考えものなのだ。
( なーんか、今話すとか、会うとかってダメな感じするしな )
 まだうまく収まりきれない心が泉の中でごうごうと騒いでいる。
( 西浦に入ってから結構、メンタル鍛えられたって思ってたけど…… )
 昼間の出来事がフラッシュバックする。
 じり、と奥底が焦げ付いた。
( そーでもねーみたいだな、オレは )
 気持ちの整理がどうもうまくできない。
 それは、多分浜田が心配していると思われることとは別に原因がある。
 だから、会うのが怖いのかもしれない。
( 怖い? って、なんだよ、オレのばーか )
 明日も朝から練習だ。表面上、泉の毎日は昨日までと何も変わらない。
 ただ、もうしばらくの間は目の前に公式試合は予定されていない。それだけが明日からは違う。大きく、異なる。
( 明日っから練習メニュー変わんのかな。でもすぐ新人戦だしな。サーキットメニューとか本格的に増えて身体作るのは秋大後からか。てことは、まだどっちかっつーと実践練習のがウエイト高いかもだな。ああ、だけどもう次の試合相手を想定した練習とかはないのか。そっか…… )
 そういえば、今日の試合結果をまだ新聞で確認していなかったことに気がついた。昨日まではとりあえず帰ってすぐにざっと目を通して「 まだあそことここが残っている 」「 今日、あの学校が消えた 」「 ここと当たるとすると、準決勝だな 」と気にしていたのにすっかり忘れていた。
( そっか…… )
 夏の大会がはじまってしばらく経つ。
 埼玉県大会参加一七〇校の内、もう残っている学校は数えるほどになってしまった。全国でいえばもっとたくさんの学校が夏を終えている。
 泉の夏も今日の昼間に終わった。

( オレら、負けたんだ…… )

 なんだかあんまり実感がわかない。試合の後でチアの女子たちが泣いていたりするのを見ても、まるっきりテレビの向こうの情景のように思えた。
 浜田が自分を見る表情がやけに心配そうで、ちょっとつつけば泣くんじゃないかと思った。
 そうして、少しだけ「 もっとオレは集中して練習できたんじゃないのか? 」とか「 第一打席はちゃんと転がせばよかった 」とか、そんならちもない後悔をした。


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