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● 【preview】先輩・泉/後輩・浜田  ●

「泉センパイ! 」
 呼ばれて振りかえると、久しぶりに見るにっかり笑顔があった。息をきらせて、走って後を追いかけてきたらしい。
 その瞬間、泉の時間がぴたりと止まった。
 グラウンドで見ると絶対リラックスできる笑顔だ。全力でバックを守らなくちゃいけない、という気になる浜田の。
 止まるどころかぐるぐると逆回転をはじめているみたいだ。勢いが猛烈すぎて、動けない。
 舌の根も乾ききって、ぴくりとも動かない。
 浜田はまる一年に及ぶブランクなどなんでもない風に、去年と今をあっさりつないでみせる。
「今さっき、偶然見かけて追っかけてきたんだ、オレ。西浦入ったのはいーけど、泉センパイに会う方法わかんなくてさ。よかったー。二年の教室まで探しに行く手間省けた! 」
 相変わらず自分より背が高い。多分目測で十五センチくらい。
「浜田……」
「オレ、来たよ。西浦。約束守ったでしょ? それだけ言っとかなくちゃって思ってさ! あー、初日で目的達成! オレツイてるわー」
 新入生が校内にあふれかえっている。今年は桜が遅くて比較的いい感じで入学式ムード満開だ。
 泉は目を細めて、確かにそれが自分の一歳年齢下の幼なじみであり中学野球部の後輩でもあった浜田良郎その人だと確認すると「……おう」と短くそう応えた。
(なんか……言わなきゃ。言うべきだろ、ここは)
 顔を見ること自体、卒業式の日以来のことだった。
 泉としてはそんな風に距離を置くつもりは毛頭なかったのに、新設の野球部の練習は想像以上に厳しくて去年の春からこっち、泉のスケジュールの全ては野球で塗りつぶされた。
 当時の浜田が携帯電話を持っていなかったのも、疎遠になった理由のひとつかもしれない。家電の方の番号は知っていたものの、どういうわけだか携帯で他人の家の電話の番号を選ぶことは泉の指を委縮させる。
 浜田も携帯を持っていたらいいのに、と何度も思ったがそれは相手に強制できるものでもない。
 それでずっと会えずにいた。声も聞いていない。出会ってからこれだけ長い期間音信不通だったのははじめてのことだ。小学校から中学にあがった時は、もう少し顔を合わせてしゃべったり、リトルの試合を応援しに行ったりして、そこそこ繋がっていた。
 高校の部活での練習は、中学までとは次元が違う。相手が携帯を持っていない。生活時間帯が変わってしまったから、偶然道端で姿を見かけるようなこともなくなった。通学経路も浜田の家とは真反対だ。
 連絡をとれずいにたひとつひとつのそれは、言いわけだとわかっている。
(オレ、こいつと一回だけだけど……したんだよな)
 思い出すと自分の中で大嵐が巻き起こるから、日中はなるべく封印している。それでも本人を前にすれば、どうしたってたちまち、春の日の遅い午後の出来事を思い出してしまう。
 あの日以来、泉は寝静まった夜に幾度も幾度も思い返しては、自分の中の嵐に巻き込まれた。
 甘くて痛くて甘くて甘い記憶だ。
 他人を自分の中に受け入れる、荒い息を耳に間近に聞き、別の肌の温度を認知する。
 喘いで、その声を唇にふさがれ、内側に育まれる熱が爆発する快楽を知った。
 中学生の持っている漠然としていたセックスのイメージは、あの日以来泉の身体の中に現実として刻まれた。未だに、浜田の熱を受け入れた時の感覚が生々しくよみがえってくる。
 自分はきっとあの行為をなめきっていて、だから手痛いしっぺ返しをくらったのだとずっと思っている。
 そうして夜毎身体の中の刻印に負けてしまう。
 妄想の風速に負ける自分が、浜田本人と会ったらどうなるかわかったものではない。
 それが原因だとは思いたくないのだが、あれがきっかけで積極的に泉の方から浜田に向かっていけなくなったのは事実だ。
 なのに、目の前に『はじめてのオトコ』を置いても存外、自分がキープできている事実が泉はおかしくてたまらない。
(案外……平気じゃねーかよ。ばかじゃねえの? オレって)
 浜田自身もなんとも思っていないらしいのは、こうして西浦に入学してきたことでも明らかだ。
 中二男子なんて、やらしー妄想と空想でぱんぱんになっているケダモノでしかない。目の前にヤレそうな人間がいて、そいつとは何度もキスやそれ以上のちょっとやばいことまでしていたから、その先に進むことに躊躇がなかった。
 浜田にしてみればそれだけのことだったのかもしれない。
(まー、そりゃ……そーだよな。そうじゃなかったら……困るし)
 泉は複雑な思いでじっと浜田の顔を見つめた。

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