真夜中の秘め事〜ナース・泉〜
「……っ!」
たどり着いた尻を、ぐい、と掴むと泉が声にならない声をあげる。
そのまま揉みこむようにして、感触を楽しむ。
「変態……ッ」
「男はみんなそうなんじゃねーの?これ……予想以上にいいな」
スカートの裾から手を差し込み、ストッキングの上から泉の太股を撫でまわした。
灯りを点けるな、という泉の希望をくんでやっているせいで真っ赤になっているはずの表情がベッドランプの微妙に濃い陰影でよく見えないのが惜しい。
かといって、あんまり追い詰め過ぎるとキレて逃げる可能性もある。
ちょうどいい塩梅が肝心だ。
そんなにオレに甘いとつけこまれっぞ?って、もう十分つけこまれまくってるけどな。
「スカートの裾、つまんで持ち上げて」
「……」
言われるがままに指で頼りない布を掴んで、そのまま泉は顔をそむけた。
「イヤなのか?」
「ったりまえ、だろ……」
「へぇ……」
オレはスカートの中の手を、泉の中心に移動させる。言い逃れのできない状態になっているそこを、撫でるように触れた。
「……ッ!」
「……イヤ、ねぇ……」
ニヤニヤ笑いながら泉を見上げれば、唇をかみしめている。
そこまで恥ずかしいなら逃げなきゃ、な?泉?
それでも逃げるつもりはないらしい。呼吸が徐々に荒いでいくのを眺めているのも心躍る。が。
「じゃあ、泉ナース。スカートはいいから。その代り、検温してくんね?」
「検温……?」
不審げな目で泉がこちらを見つめる。黒々とした瞳の奥には拭いきれない不安が宿る。
オレにひどいこと、たくさんされてきたのにばかだなあ、泉は。
「そう。得意だろ?やってくれる?」
「ああ……いいけど……体温計なんて持ってきてねぇよ……」
ホントに、ばかだ。
オレは泉の腕を取ってぐい、と引き寄せた。
「……っ!」
「違う、違う。ナースコスでオレら今楽しく二人っきりで遊んでんだろ?なら、検温って言ったらアレしかないだろ?泉は遊び心に欠けんな」
言って耳元に口を寄せ、卑猥な言葉をささやいた。
「……浜田っ!」
「いいだろ?別にやったことないわけじゃないんだし?泉だって、そのつもりでそんな服着てオレのこと待ってたんでしょ?……この病室で」
その言葉を聞くと、泉は黙ったまま床に膝を落とした。
「浜田、脚広げろ。やりにくい……」
「泉は優しいなあ。なんでオレの言うことなんでも聞いてくれんの?」
泉は応えない。オレのスラックスのベルトを外し、ファスナーを下げる。
「……」
下着をずり下げるようにしてそこを露出させると、左手で包んだ。そのまま何度か考える様子でゆるゆると動かした。
それから、思いきったように口内に半勃ち状態になりつつあったそこを含む。
「ふ……ん……うぅ……」
くぐもった声とも息ともつかぬ音を漏らしながら、口の中全体を使って幾度か愛撫を加えてくる。
熱く湿った口内を精いっぱい窄めて吸い上げるようにして刺激を加えてくるから、オレはたまらずに息を吐く。
「ホントに、はじめは何も知らなかったのになぁ……こんな、上手くなっちゃって……」
固い髪を弄ぶようにして触れると、少し恨みがましい目つきで見上げてきた。
いつもと違う、ナースキャップにナース服を着ている泉は少女のようで、暗い悦びが頭をもたげる。
まるで、泉ではない別の誰かにその行為をさせているような気分になる。もしもこれが本当に別の誰かにそうさせていたとして、その背信行為を知ったらさすがに泣くかな?強気の泉でも「そんなことには耐えられない」とオレをなじるのかな?
考えるとぞくぞくする快感がこみ上げてくる。
オレの下腹部に実際に顔を埋めているのは泉自身なのに、考える程に心楽しくなる。
泉がオレのこと同情するからいけないんだけど?
本当はイヤでたまらないくせに、自ら育てた熱の塊の輪郭に舌を使う。屹立したその裏側に濡れた器官の先端をあてがい繊細に蠢かして男を籠絡しようとする。
きっと、気持ちがマヒしてしまっているのだろう。そういう時の泉の瞳はいつもぼんやりとして焦点が合っていない。
「泉……」
名前を呼べば顔をあげる。
今夜もその瞳は行為に没頭するあまり焦点を失い、濡れている。
欲情に溺れているのか?とも思うが、まさかそんなはずがあるわけがない。きっと恥ずかしめを受けている自分を意識しないで済むように、自ら心にブロックをしてしまっているのだと思う。
「泉、おいで」
放っておけばいつまででも舐めしゃぶり続けそうな愛人を、オレは短い言葉で誘った。
「ん……う……ぁ……」
ナース服のまま泉が身体の上をまたいでいる。特別病室の広いベッドの上で、先ほど育てた熱の塊をより深く口内にひき入れてぴしゃぴしゃと音を立ててむしゃぶりつくその姿は、強気で陽性な昼間の面影をまるで感じさせない。
オレは自分の顔の上に掲げられた泉の腰をしっかりと捕まえた。
「破くぞ?」
言ってスカートの裾をまくりあげ、指をかけて白いストッキングの股間を一気に引き裂く。やわな布地はびりびりと簡単に音を立てて引き裂かれ大きな穴が開いた。センターシームに沿って派手に破かれたストッキングはもはやほとんど尻の部分を覆ってはいない。大きく、太腿にかかる部分までが裂けている。
「いやらしいねぇ。別に、オレはこの下着つけろなんて一言も言ってないと思うけど?」
白ストッキングの下は、身につけた清楚なコスチュームとはアンバランスな黒いシルクのTバックのショーツ。もちろん女ものだ。ほとんど下腹部を隠す布がない上に、両端のところはひもで結ぶだけの頼りなさは本来の下着とは大きく目的が違うシロモノだ。
ナース服と一緒に入れてやったものを、素直に身につけている姿はいじましくさえある。
「そんなに、オレってかわいそう?」
「……」
あまりにも分量の少ない布地では、ほとんど下着の役目など果たせない。
最初から自分以外の人間に、それをつけているところを見せるためのものだ。
スカートの下の双丘の割れ目に食い込んだ下着に沿って指をなぞらせればそれでは曖昧すぎる刺激なのか、ぶるりと泉が震える。
「……っ!」
前の方は元より下腹部を隠しきれてさえいない。しかも、オレがずっと弄ってやっている刺激で屹ちあがりかけたそれはもう、絹の黒に大きな染みをつけてはみ出していた。
下着ごと片手で包み、上下に擦ってやると一心不乱にオレのをしゃぶる唇からくぐもった声が漏れる。
「ホント、エロいよお前は」
泉の尻に食い込む布を引っ張っては悪戯を仕掛ければ、小さく呻く声が濡れている。
病院でも一番強気で常にぱたぱたと動き回っている印象のある泉が、夜の底で淫らに喘ぐ。
全てが、あまりにも普段の泉からかけ離れている。
「気持ちいいのか?だよなあ。もう、ここ、だらだらだもんな」
「う……ふぅ……ぅ……」
「いつからこんなやらしくなっちゃったんだよ?」
意地の悪い問いかけが耳に届いているのかどうか怪しい。熱に浮かされたように、幼なじみで職場の同僚でもある男の性器を咥えている。
「……んぅ……っ!」
会話が成り立たないことを察して、オレはTバックの隙間から泉の窄まりに舌を這わせた。
唾液をそこに塗りこむようにして、固いそこをほぐしていく。
泉はナースのワンピースを着たままで、スカートを捲りあげられ、穿いているストッキングを必要なところだけ引き裂かれて舌を使われ喘いでいる。
ベッドランプの淡いオレンジの光に浮かぶ着衣の様が、常軌を逸脱した行為をしているのだと意識させられて、やけに興奮する。
「んっ!んっ!んん……っ!」
舌で湿らせほぐしたそこに、今度は指を抜き差しして繋がるための準備を進める。
もう幾度抱いたか覚えてはいない。
なぜオレに脚を開くのかよくはわからないまま、徐々に泉の花がほころび男を受け入れることに快楽を覚える身体になっていく様子を見続けてきた。
「ホント、かわいくなっちゃって……まさかとは思うけど、オレ以外と寝たりしてないよな?」
「そ……んな、こと……てな……っ!」
わざわざ確認するまでもないことだと、知っていて尋ねている。
この強気が、簡単に男に脚を開くものか、と思う。
そう、こいつはオレの……
オレにたっぷりと後ろを弄られて、顔をのけぞらせるようにして快感に耐えている。
その表情も、肉も、全て。
泉を促して、繋がるために身体の位置を変える。
スカートを腰の上までめくりあげ、びりびりに引き裂いた白いストッキングを片足だけ引き抜く。四本の頼りないひもで泉の腰に結び付けられていた下着はぼろきれのように捨ててしまった。
「……」
手づからつけてやったナースキャップはまだけなげに泉の頭上にある。
濡れた黒い瞳がじっと見上げていた。
唇に軽く触れるだけのキスをしてやると、ふと表情が揺らぐ。
そのままのしかかるように深く口づけた。
「ふ……うぅ……っく……」
唇の端からだらだらと唾液がこぼれる。
泉はキスが好きだ。
病院の廊下の隅で、次の患者を呼ぶほんのわずかの隙間の診察室で、休憩所の自販機の影で。
世間話の次の言葉の代わりに抱きよせて唇を貪れば、いつでも甘くほころぶ。
舌を突き出してもっと深いキスをねだる姿は煽情的だ。
オレは泉の両脚を白衣を着たままの肩に抱えあげる。
「ああ、今日はこう言わなくちゃいけないよな……泉、お注射だぞ?痛くない。気持ちいいから、恐がらなくていい」
そうして、先ほど泉自身に鍛えさせた熱をねじ込むようにして中に分け入っていく。
「あ……っ、ん……っ、っ……!」
十分解してやっていたが、それでもそこに挿入される苦しさがあるのだろう。
泉が固く目を閉じてのけぞる。自然にオレから逃れようと全身をずり上げるようにするのを、しっかりと抑え込んだ。
そのままねじ入れる。
「……ま、だ……は……まだ……」
焦点の合わない瞳が宙をさまよう。
自然に付きだした舌を吸ってやれば、夢中で吸い返してくるのがいじらしい。
「突くぞ」
「んん……っ!」
さすがに、いつもとは違うシチュエイションにオレ自身もかなり煽られていた。
焦らすことも頭をかすめたけれども、それよりも今夜は泉の肉をたっぷりと味わいたかった。
熱く蕩けて、吸いつくようなそこはいつでもオレを狂わせる。
特別病室の患者は今朝退院していったから、誰がやってくるわけでもないが病室の扉には鍵がない。
ベッドをきしませて情事に耽る姿を、いつ誰に見咎められたとしてもおかしくはない。
それでも、深く繋がったまま腰を動かすことがやめられない。
泉も何かキレてしまったらしく、珍しい位に甘い声で啼きっぱなしだ。
もっと奥に熱を欲しがって、背中に縋りつき引き寄せようとする。のりの効いた白衣が力一杯握りしめられしわになるのがわかる。目ざとい人間が見たら、夜勤の隙間に何をしてきたのか、と思うに違いない。
ぞくぞくするほど興奮した。
息を荒げながら、密着するようにして腰を使った。
「んーっ、んんっ!ん……っ!」
腹の上でもみくちゃにされた泉の熱が限界を訴える。男を咥えこんだままのそこがひくつくようにして締め付けてくる。
それに合わせて、ひときわ深く突き上げると泉はあっけなく達した。
最奥が搾り取るような蠕動で遂精を促す。
「出すぞ……」
耳にそう予告してやると、泉がぶるりと震えた。
自宅に戻ったのは真夜中過ぎのことだった。
「……あのばか、中に出しやがって……」
性交の余韻で身体がしびれたようになっている。容赦なくオレの内側に放たれた浜田の精を、まだ内側に残したままだ。
鉄の扉を閉めて、ひとりの空間を確保するとそのまま玄関にへたり込む。
「……っ!」
じわり、と内腿を浜田の残滓が伝うのがわかった。
「風呂……」
握りしめたままの紙袋の中身も、ハサミで小さく切り刻んで他のごみと一緒にさっさと捨ててしまわなくてはいけない。
浜田が部屋にやってきて万が一にでも見つかったら、今度はもっとひどいことをさせられるに違いない。
だけどいささか常軌を逸したセックスの余韻は、まだオレの中でぐるぐると回っていた。
正直なところ、浜田がオレを一体どんな風に思っているのかよくわからない。
人には言えない関係になったのは、浜田が不運としか言いようのない交通事故から現場復帰してすぐ位のことだ。
外科のホープと目されていた浜田が復帰までに半年を擁する大事故に巻き込まれ、治った時には外科医を諦めるのを暗に勧められるような状態になっていた。
同情じゃねえっつーの。
ただ、幼なじみで同僚が不幸のどん底にいるのに笑っているのが耐えられなくて意識して一人にしないようにと、なるべく一緒にいるようにした。
ある夜、特にどうというきっかけがあったわけでもないのに気づいたら浜田に押し倒され、それ以上の行為に至るのを拒まなかった。
こいつとはいつかそうなるんじゃないか、とずっとぼんやりと思っていたのかもしれない。
それがいつからなのか、オレにはわからない。
「……?」
ポケットで携帯が鳴った。
この時間にメールをよこすような相手はひとりしかいない。
「……浜田」
妙な野郎にからまれたりしなかったか?
あさっては一応公休だからメシでも食いに行こうぜ
液晶には、さきほどの濃密な時間なんかうそのように、気の置けない文章が踊っている。
「……っ」
オレは闇の中で光る液晶を思わず胸に抱きしめる。
「ばっかじゃねえの?なんで、オレかねぇ」
将来を嘱望される外科医のホープではなくなったが、浜田が今度は内科の若きエースになったのは誰もが認めるところだ。
優しくて、優秀な浜田医師は患者さんからもナースや女医たちからも大人気だ。
特に、いい婿を捕まえてこいと両親から言い含められてきている女医たちは将来自分が継ぐ病院でパートナーになってくれる男を虎視眈々と狙っているのだ。
浜田はあれで成熟した大人の女からやけにウケがいい。
それでも「浜田先生にはきっとヒミツの恋人がいるに違いない」と院内でまことしやかに囁かれるほどに、美女たちの誘いにはまるで無関心だ。
むしろ、ゲイ疑惑が持ち上がっていないのが奇跡だと言っていいくらいだ。
中にはあからさまに誘いをかける女だっている。
オレは。
オレは浜田の傍らでずっとそういうアプローチを見てきた。
それでも、浜田は落ちない。
隙を見つけては他の誰でもなくオレを「欲しい」とささやいてくる。
それが、どうしようもなく心地いい。
胸の中でまた携帯が鳴った。今度はメールではない。
「これを持て」と勝手に押し付けてきた、浜田との連絡専用の携帯はGPS機能がついていて、常にオレの位置を把握しているんだそうだ。
すげぇ、うっとおしい。
でも同時に、浜田がにこにこしながらかわしまくっている女たちを思い浮かべて胸がすくような思いにもなる。
「……もしもし?」
「あーなんだよ泉。メールしたらすぐ返事しろよな。いい加減夜中なんだし?エロオーラ全開のまんまお前をひとりで帰したオレの身にもなれってんだよ」
「てめぇが夜中に呼び出したんだろうが」
「まあまあ……そう言うなよ。気持ちかったし?」
オレは苦笑しながら「ざっけんな」と携帯を撫でる。
「あさって、何食いに行くか考えとけよ。あ、でも焼き肉以外な。キスする時にこの前かなりにんにくすごかったし」
「なんだそりゃ」
電話の向こうで浜田が屈託なく笑う。
「まあ、二人ともにんにく臭かったら問題ないか。それともこの前買ったDVD三昧すっか?それもいいな。出前とって酒とつまみ持ち込んで」
これではまるで普通の恋人同士の会話だ。
なんだかおかしくなってしまう。
「なんでオレなんだよ?」
尋ねると一瞬電話の向こうが黙り込んだ。
「ヤラせてくれるからじゃね?」
「オンナとヤれ」
「やだね。泉の尻が一番気持ちーもんよ」
ぬけぬけと言う。
つい、苦笑してしまう。
「じゃあ、しょーがねーなー」
「だろ?なあ、泉?」
「なんだよ。オレは疲れてんだよ、てめーのせいだ」
携帯の向こうで忍び笑いが聞こえた。
「決めた。やっぱり今度の休みはお前んところに行く。食糧と酒を持ち込んで、一歩も外に出さない。ずっと嵌めっぱなしだ。全然注射が足りてねえな。なら、一回で帰さずにもう二、三本ぶっといの打ってやればよかったよ。泉、今度は何の衣装がいい?用意しとくから言えよ」
瞬間、ずくり、と浜田を受け入れた奥が疼く。
「あ……」
震えが身体の奥から湧き上がってくる。あからさまに浜田との行為に期待する身体が、オレは怖い。
「泉は優しいなあ。でも、そんなに優しいのはだめだ。つけこもうとする男がたちまち出てくる。だからオレが、他人に甘い態度見せるとどうなるか、ちゃんと教えてやっから。な?」
優しい優しい浜田先生。
病院で大人気の内科のエースは、患者さんに教え諭すようにゆっくり噛んで含める物言いをする。
「最近は特に、泉が節操なしにエロオーラ出してっから。一度きっちり話をつけないといけないなーって思ってたんだよ。だから、決まり、な?」
浜田、お前はオレをどうしたいんだ?
あさってだ。
この部屋でオレはまた浜田に抱かれるんだ。
GPSつきの携帯で常にいる場所を把握され、他の人間に色目を使うなと言われる。
単に、自分の持ち物を他にやりたくない所有者の胸襟を保ちたいだけなのだろうか。
そして、オレは。
オレは、浜田とどうなりたいんだ?
気持ちよりも先に身体が深く結ばれすぎてしまっている気がする。
オレは。オレは、未だに自分の気持ちに名前がつけられずにいる。
「……浜田、は」
「なんだ?」
「浜田は……」
どうしてもその先に何が続くのかわからずに、夜の真中で疼く身体を抱きしめた。
この夜がいつ明けるのか、オレにはわからない。