はつはるの巫女




 多分、浜田の方がよほど冷静だ。
 白い斎服は、神社の正統な神主のもので万が一にも汚すわけにはいかないからだろう。さっさと自分の和装を解いて、こちらは巫女の衣装を身につけたままの泉の上にのしかかっている。
 一方の巫女の緋袴と小袖は、一の巫女も他の連中のも全て同じお仕着せで、正月のために余分に準備がされているものだ。
 万が一汚してしまっても、こっそり新しいものと取り換えて何食わぬ顔をしていられる。
 多分そういう計算をちゃんとしているのだ、この男は。
(エロ神主め……てめぇはやっぱ、エセだ、エセ)
 もう何度目になるかわからない口づけを受け、浜田の舌を探りながら泉はそう思う。
 すっかりはだけられた襟元から、袴の脇から、容赦なく手のひらが差し込まれ、肌に触れる。
 いつもと違う装いに浜田が興奮しているのだと思うと、じんと奥がしびれる感じがする自分も大概だと、泉は思う。
 だが、新年の神事からこっち身体の奥がしびれ疼いてたまらないのだ。そしてそれを鎮められるのは浜田だけだと、知っている。
 少なくとも一年前、泉の疼きを鎮めてくれたのは浜田だった。
「は……ぅ……」
 神社で採用している緋袴は、行燈袴といういわゆるスカート型のものだ。白い小袖を覆うようにして身につけているそれは、腰の両脇から簡単に浜田の手の侵入を許してしまう。袴の下は、小袖がしっかりと足元まで覆っているから、その手は薄手の布の上を這いまわるだけだ。
 だが。
 胸の下のあたりで花結びにしたところまで、緋袴をたくし上げられてしまうと、小袖の合わせから直接浜田の手が触れてくる。
 一人で着れるようになったばかりの巫女装束は、あっという間にはだけられ、緋と白の布が身体にまとわりついているだけの様子になってしまう。
「うぅ……」
 胸元をぐい、と襦袢や肌着ごと開けられる。
 唇が肌を吸う感触。女の子のようにまるく膨らんでもいないのに、泉の胸を愛撫したがる浜田の気持ちがよくわからない。
 ついばむようにして吸われて、舌先で弄られる。そうされるとくすぐったいようなむずがゆさにぞくぞくと震えてしまうのだ。ずり上がるようにして逃亡をはかろうとするのだが、巫女装束の布を浜田が両膝で留めているために半ば拘束状態だ。
 それでも、と、布団を蹴るようにして膝を立てる。足袋を穿いたままの足ははだけられた小袖の合わせからあらわになっている。
「ふ……ん……ん……」
 ぷっくり立ちあがったそこを、舌と指で丹念にかわいがられ、鼻を鳴らすような甘い声が漏れていく。
 今の格好はまるっきり女の子で、されていることもそうで、だが肝心の身体と心は泉孝介なのだと思うとどうにもやるせない気がしてしまう。
「泉……」
 耳元には囁くように名前を呼ぶ声が届く。
 それはさっき、泉の世界のすべてだったそれでじわじわと侵食し中心をとろかせていくのだ。
「あ……やめ……」
 乳首ばかりを弄っていた手が、下半身に伸びる。
 小袖の下にはちゃんとボクサーパンツを身につけている。浜田の手は、ごまかしようもなく膨らんだ下着の布の上を、泉の形を確かめるようにして動く。
「あ……あ……」
 どこかもどかしいような、それでいて強烈な快感に泉の唇から声が漏れ落ちていく。
「ホント……エロいね、お前は」
 身体を返され、膝をついて尻を差し出すように促されればまだ完全にはこちらに戻ってきていない泉は従わざるをえない。
 普段ならばこんなことに諾々と従うタイプではない。
 だが、そうすれば早く欲しいものが手に入るともう教え込まれてしまっている。
 泉は布団の上で膝をついた。
 袴と小袖の裾が一緒にめくられて腰の上にあげられる。そのままボクサーパンツに手をかけられて一気におろされ片足だけ抜かれる。足袋のところに濡れそぼった下着がからまった。
「んぅ……っ!」
 浜田には躊躇がない。
 だから一年前も、気がついたら今と同じように尻に舌を使われて喘ぐことになった。
 泉は上半身を保てずに、布団に擦りつけるようにして内側に入り込んでくる舌の感触に耐える。
 唾液が垂らされ、そこに熱くてぬめるような感触が押し付けられる。徐々になだめるようにしてそれが内側に入り込んでくる。蠢く。
「ん……んぅ……んんっ……」
 せめて声が聞こえないように枕に押し付けて殺そうとする。
 ぶるぶると腰が震えて仕方がない。
 浜田が両の尻を広げるようにしてますます舌を奥へ奥へと使ってくる。次は指だ。
 完全に屹立し、とろりとしたものをにじませる泉の先端をすくうようにすると舌の代わりにごつい指が入ってくる。
 ゆっくりと、反応を気にしているかのように泉の中を拓いていく。
 完全に埋め込まれると抜き差しを繰り返され、去年浜田の前に晒してしまった弱みを幾度も擦られ突かれてしまう。
 もう、頭を何度も振るより他なくて涙がにじむ。
 快楽に。溺れている。
「すげ……なんか、オレも今日はコウフンしてるわ……ちょっと、ひどくすっかもしんねぇけど、勘弁な」
「ゆる……さね……」
 浜田の切羽詰まった声音が気持ちいいが、そこには触れずに泉はうめく。
 ふっと、背中のところで笑みが漏れた気がした。
「そーゆーなって。オレも健全なセーショーネンだからさ。好きなヤツがエロいカッコしてたら暴走すんだよ」
「ばーか……言ってんじゃ、ねーよ」
 声がかすれる。荒い息は散々に浜田に乱されている証拠だが、それを認めたら泉は自分が自分でなくなる気がしていた。
「そーゆとこ、好きだ」
 言ってそこに熱があてがわれる。
「力、抜け」
 やっぱり反応を探るようにして、ゆっくりとそれが挿入ってくる。
「あ……あぁ……」
 どうしたって最初は痛い。この一年、何度も受け入れていたって痛いものは痛い。
 セックスはダメだ。
 もちろん、泉が浜田に孕まされることなんてなくたってビョーキがどうだとかそういうことを除いたって、ダメなものはダメだ。
 青少年には推奨されないその意味が、泉にはよくわかる。
 くせになって、夢中になって、人間がダメになる。
「あ……すげ……ホントに、泉……」
 先端が完全に収まるとその後は案外簡単に挿入る。今日は神事を執り行った興奮で浜田もおかしいらしい。
 ぎりぎりで耐えているものが、多分すぐにもバクハツする。そうしたら、泉はもみくちゃにされ、翻弄され、喘ぎまくって、啼かされて、ひどい目に遭う。
 そうしてまたダメ人間のレベルが上がるのだ。
 二人して新春からフキンシン極まりない。
 小袖の背中に、泉の中に完全に挿入た浜田の上半身がのしかかる。
「朝、腰立たなくさせてもいい?」
「ダメ……に、決まって……」
「ごめん、でも無理」
 嵐だ。
 泉の内側で嵐が猛威を振るう。声をあげ、もみくちゃにされ、どうすることもできなくなる。
(あ……すげ……)
 深いところまで突きこまれ、ぎりぎりのところまで抜かれてまた最奥を突く。
 痛いとかイイとか、そういうものの境はあっという間にわからなくなって、泉はただ喘ぐだけのケモノになってしまう。
 緋袴の花結びがいつの間にか解けて、はらりと落ちる。小袖の腰ひももゆるゆるになっていて、身体にからまる布はますます衣服としての意味合いをなさなくなっていた。
 一度抜かれ、身体がまた返される。
 浜田は泉の片脚をすくいあげると、そのまま再び挿入してくる。
「あ……これ、やめ……っ!」
 深く深く繋がって、頭の中が真っ白になっていく。
 幾度もキスが落ちてきて、泉の中に残っていたわずかな思考力を根こそぎ奪っていく。
 外にはたくさんの善男善女が集って新年のお参りをしているのに。そこからわずか離れただけのこの部屋の光景はあんまりだ。

 一年前、同じ部屋ではじめて抱かれた。

 浜田はずっと幼なじみだったし、ケンカしつつも「仲がいい」という間柄でそれ以上ではなかったはずだった。
 どころか、泉はそれまで多分男とどうこう、ということを考えたことはなかった。
 ただあの時、新年の祝詞を間近で聞いて浜田の言うところの「ぶっとんだ」状態になっていた泉は、部屋に忍んできた浜田が身体の上にのしかかってきても、唇を合わせてきても「これはそういうものだ」と受け入れてしまっていた。
「泉……泉……」
 余裕のない浜田の声がする。
 そうだ、あの時もこの声に最終的には負けたのだと泉は思う。
 ぶっ飛んで、身体の奥が疼いて仕方なくて、それを鎮めてくれるのはこの声の持ち主がいい、と思ってしまったのだ。つい。
 それで許してしまったのがいけなかった。
 トランス状態の身体は、浜田との行為が「気持ちいいことだ」と認識してしまった。
 そうして、一年。
 シチュエイションは様々だが、結局泉はこうして浜田に脚を開く。受け入れて、喘ぎ、啼かされる。
 それでも、浜田を嫌うとか離れるとか、そんなことは思いもしない。以前と同様に周囲から「仲いいよな」と言われる位にはひっついている。
「泉、泉……」
 やっぱりこの声がいけないのだ、と泉は最近では結論づけている。
 いい声で囁かれるのもクるが、一番ひどいのは腹に力を入れて発声した時だ。
 あれに、泉は弱い。
 その一番の声が、ただでさえトランス状態に陥りやすい新年の神事の時にダイレクトで三十分以上泉に浴びせられたのだ。 
 おかしくなってしまうのは仕方ないではないか。
 求められるままに身体を拓き、突かれて啼いてしまうのは泉のせいではない。
「あ……っ!」
 巫女装束が汚れる、と思ったのは一瞬で泉にはほとんど成すすべがない。
 二人分のそれが、緋色の装束を汚すのを、泉は遂精の快楽の中でぼんやりと見つめていた。



「巫女装束も布団もどろどろじゃねえかよ。明日の朝までにてめぇがなんとかしろよ」
「全部やってやっから心配すんなって」
 新年のお参りはまだ続いているらしい。
 窓の外からわずかににぎわいが聞こえてくる。
 ようやく満たされたケダモノ二匹は、裸身のままで布団に潜り込んでいる。
 泉の言う通り、巫女装束はすでにどろどろでひどい有様だ。掛け布団のカバーも相当ひどいことになっているし、なんだかどうでもよくなってとりあえずもぐりこんだ敷き布団のシーツも、結局汚してしまっている。
 後悔は先にはできないものだが、二人とも着替えをもたずにこの部屋に来てことに至った事実に、さっき気づいた。
 まともな状態の衣装は唯一浜田の着ていた斎服だが、今部屋の外に出て誰かに見咎められた場合、どうすることもできない。
 身体を清めようにも、三時過ぎまでは間違いなく家の者たちは起きて活動している夜だからまだ出歩くには早すぎる。
 灯りを点けて検分するまでもなく、泉の全身には浜田のつけたうっ血の跡が散らばっているし、第一まともに歩ける気が全くしない。気を抜くと内側から浜田の放ったものがたらりと零れる。
 たった今まで男とヤッてましたという証拠だらけの状態では、出歩くことはできない。
 結局、例年みんなが完全に寝静まる三時半頃に工作をしようということになった。
 おかげで泉はこうして、浜田とひとつ布団で寝ているはめになった。
 ついさっきまでの情熱の欠片はもう空気には残っていないはずだが、それでも浜田がうれしそうに泉の肌を撫でたり、折にふれて唇をいろんなところに押し付けてくるのはくすぐったくて、困る。
「新年のはじまりがこれじゃ、年神さまに見放されんじゃねえの?オレ」
 軽く唇に唇で触れられて、泉はそう言った。
「姫はじめ。縁起がよくていいんじゃね?」
「縁起いいとか思ってんのは浜田だけだろ」
 寝返りを打って、浜田の方を向くと文句を言われている男は目じりが下がりきっていてどうしようもない顔をしている。
「顔、顔崩壊してっぞ、ばか」
「オヤジがさー。さっきの神事、結構評価してたみてぇ。泉も聞いてただろ?」
 正直、神事の直後のことはあまり覚えていないのだが、泉は曖昧に頷いてみせる。
「来年もオレがやる、って切りだそうかと思っててさ。そしたら泉、お前、ずっと一の巫女な。オレの相棒はお前しかいねえし?」
 やにさがっていた理由はこれか、と泉は理解する。浜田の考えていることなどお見通しだ。もちろん、来年もこの部屋は泉のために用意されている。
 一足先に休憩をもらう泉と浜田はまたこの部屋にこもるのだ。
「……エロ神主の祝詞になんのありがたみがあるんだよ、ばーか」
「ええ?いい考えじゃね?今日の泉、すげー……だったし……?」
 抱かれて乱れた先ほどの自分を指摘されてむっとした。
「絶対、やんねぇ。やりたきゃお前ひとりで神主やれ。一の巫女は別のヤツでいいだろ。オレはもう二回もやってんだし」
 そのままぷい、と反対方向に寝がえりをうってしまう。
「えええ?そうくるか?今オレ、すげぇ告りしたってのに。なあ、こっち向けよ、泉?好きだぞ?オレ、毎年泉と恋人になれますようにって絵馬奉納してたんだぞ?叶った。ウチの神様はご利益ばりばりだ。オレはそりゃもう心をこめて祝詞をあげさせてもらったんだぞ?」
 新春の絵馬は、絵馬堂にぶら下げられ見ようと思えば誰でも書かれている文面が見れてしまう。
「お前、絵馬って……本気か?」
 思わず浜田に向き直る。
 神社の息子が男との恋を成就したいと祈願するなんて、外聞が悪いこと甚だしい。
 だが、浜田は真剣な顔をしていた。
「本気。神頼みでもしなきゃ、絶対手に入らなかったし」
 唇が近づく。それは先ほどのそれとは違うキスの始まりを意味している。
 もう泉はそのことを知っている。
(あ……また、すんのかな?)
 唇を開いてキスを迎え入れながら、身体に浜田の手が伸びてくるのを感じた。
「すげぇ、うれしい。泉」
「何が?」
 布団の中で、浜田の身体が泉の上にくる。
「さっき、泉と恋人になれますようにって願掛けしたのが叶ったって、オレ言っただろ?」
「……ああ」
 深い深いキスが降りてくる。
 泉は浜田の首に腕を回す。もう一度、という合図に応えるのにはそれで十分だ。
「泉、否定しなかった……やっぱ、恋人?でいいんだよな?オレら」
 そう言えば、泉が明確に言葉に出して「好き」だのと言ってやったことはなかったかもしれない。
 そんなことを気にしていたのかと、もう何度も自分の身体で果てたことのある男が、急にかわいく思えてくる。
 泉は一度だって強烈に抵抗したことなどなかったというのに。
(それでわかってんのかと思ってたぞ、ばかだ、やっぱりこいつは)
 首筋に唇が落ちる。小袖の合わせから見えるところには痕をつけるな、と釘をさして泉はつぶやく。
「オレをみくびってんじゃねえよ。誰が、好きでもないヤツにヤラせるかってーの」
 聞こえたのか聞こえていないのか、浜田は泉の両脚を持ち上げると、一気に貫いてくる。
 いく度目かの嵐に翻弄されながら、泉はきっと一年後にもここでこうして浜田に抱かれているのだろうと思った。それまでに、どれだけ二人の時間が重なるのだろうか、と思った。
 浜田と泉の新しい一年は、まだ明けてほんの数時間だ。
 それでも、ぴたりと同じ分だけ重なっている。
 そのことを、泉はひどくうれしいと思っている。