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● 捕手の言い分〜西浦〜ぜトークSS・阿部編〜  ●




「……ッス」
 ノックを百枝に代わった浜田が隣に立つと、阿部は愛想のない挨拶をしてきた。
「よぉ……ッス」
 野球部の連中はみんないいヤツだと浜田は思っている。阿部も例外ではないが、浜田の中にある「いいヤツ」の振れ幅の中でもこいつは斜め上位のところにいる。
 こっそりチームの中でも一番偏屈なヤツだなぁとも思っている。
 普段一緒にいる同じクラスの野球部は三人まとめてころころと小さく単純にできていて、一人を除いてはあくまで基本的には、だが、扱いには困らない。
 幼なじみの三橋の印象は微妙に変わっていて、それは今でも少し戸惑うのだがそれでも問題ない。
 正面から正攻法でぶつかってつきあっていればいい。逆にそうしてないとすぐ見抜かれる。三人ともとてもそうは見えないのに、気配には敏感だから全くもって侮れない。よく考えてみれば三人が三人、末っ子及び一人っ子だ。それは結構影響しているかもしれない。
 おかげでおちおち学校もサボれなくなった。サボると何はともあれ泉がうるさい。田島がうるさい。三橋は泣きそうな目でじっと見つめてくる。これではサボってる場合ではない。いや、本当は去年だってただサボっていたわけでないのだが、とにかく学校に来ないわけにはいかない。
 末っ子と一人っ子と、三人が常に腕にぶら下がってだらしない兄を監視しているようなそんな状況といえば一番正しいように浜田には思える。
(……まあ、一人とてもそんなかわいい存在じゃねえのはいるけど)
 脳裏で泉がにっと笑ってピースサインをしてみせる。
 対して隣につったっている男は、その真逆をいく。何を考えているのかわからないが、数回観に行った練習試合でのリードをみる限り人が悪い。それは確定だが、では悪人か?と言えばそうではない。
 要するに変わり者だ。
 部員の少ない野球部だが、1チーム分の人数がいればもちろんそれなりにメンバーの振れ幅が生じる。
 阿部は日頃教室で机を並べている連中とは真逆のところにいるタイプだった。
「……」「……」
 挨拶だけしあった後で沈黙が落ちる。
(会話、続かねぇなぁ……)
 苦笑が口元に浮かぶのを寸前で堪えると、浜田は阿部の方をちらりと見た。
「……っ」
 阿部が舌打ちをした。
(……なんだ?フキゲン?)
 浜田はむすっとした阿部が見ている視線の先を追う。
「三橋ぃ!ナイキャ!」
 田島がキャッチャーマスクを上げて楽しげに大声をあげた。レフトポジションで高々と上がったフライを捌いた三橋が軽く手を上げて応えた。
「捕ったらすぐ返球!」
 百枝の怒号に遠目ではっきりわかるほど跳び上がった三橋が、慌ててファーストに返球をする。ボールは真っ直ぐ沖のミットに届いた。
「おー、レフトからファーストへのダイレクト返球!さすがピッチャー……って……」
 浜田が感心する横で、阿部がぎりり、と音を立てて歯ぎしりする。
 恐る恐るその様子を伺うと「無理にダイレクト返球なんかすんじゃねえよ。そこはショートに戻せばいいんだよ」と口中でぶつぶつ呟いている。
 外野で三橋が守備練習についていた。
 三橋を一時外野守備に下げて、花井や沖が投手を努めるパターンも当然想定に入っている。今はその時のための練習だ。キャッチャーは田島。
 どうやら阿部は今の三橋のフライ処理が気に入らないようだった。
(てか、マジ恐ぇ……)
 いい加減気温は夏に傾いている時期だし、湿度も高い。結構な運動量をこなした後で毛穴から汗が後から後から噴きだして気化する間もなく流れていく。
「あっちぃ……」
 浜田はぐい、と腕で額の汗を拭った。
(なのに、なんかこう……オレの隣がうすら寒いぞ?)
 ちらりと横を向けば、阿部もこめかみや頬にびっしりと汗をかいている。なのに、漂うオーラがもう、寒い。そのオーラが次のノックの打音でまた5度ほど下がるのを、はっきりと浜田は感じた。
「……ライナーを吹っとんで捕るだぁ?……てめぇのポジション考えろよ。もしも手や指に何かあったら、いや足だって……!」
 顔が恐い。表情が恐ろしい。鬼のような表情とはこういうことを言うのだと、浜田は思った。
 だが、阿部をオニにさせている内容はなんということはない。
(あー、三橋がケガすんの心配してんのか)
 そう思うと、運動部員根性ゆえに監督には絶対不服を洩らせない阿部が精一杯の愚痴を言っているのだと理解できる。そして途端に微笑ましい気持ちになる。
(あれだな。きっと、心配性なんだな。キャッチャーだし)
 キャッチャーがピッチャーを心配するのは当たり前だ。
 浜田が今までに組んだことのある捕手は4人。
 みんなそれぞれいいヤツだった。何も考えずにミットを構えるヤツも考えすぎてとっちらかってしまうヤツも、考えるには考えているらしいがイマイチ的を外してるヤツもいた。
 共通していたのは、浜田をなんだかいろいろと心配していたことだろう。
 はっきり口に出して言うヤツもいたし、ただ視線だけでちらりと訴えるだけのもいた。
 阿部のそれは、端から見ればちょっと恐いがキャッチャーの性というヤツなのだと、浜田は思った。
「そぉんな心配すんなよ、阿部。監督だって三橋がケガするようなとこにノックのボール飛ばすわけねえだろ?あの人、ノックの腕は超がつく一流だぞ?」
 その声に、阿部はちらりと声の主を見上げた。
「……わかってるよ、そんなこと。だけどあいつはどうでもいいところでとんでもない無茶をするだろうが」
 むすっとした声の返答に、浜田は顎を指で掻いた。
「ああ……それはそうだけど」
「せっかく、あんな投手見つけたんだから、つまんねえとこで潰れられたら泣くに泣けねえ」
「あはははは。おーい、声にドスが効きすぎてっぞー。お前、どこの組のモンだ?」
 阿部はため息をつくと「うっせ」とベンチに歩き出す。それで浜田もつられて歩き始めた。二人してマネージャーが用意してくれていた麦茶を給水タンクから紙コップに注いでぐい、と飲み干す。それからなんとなく二人並んでベンチに座った。
「なあ。浜田は、三橋の幼なじみなんだろ?」
「ああ?あー、そうだよ」
 グラウンドではワンアウト・走者二塁を想定した守備練習が進められている。監督が細かく守備の位置を指示していた。
「あいつ、ガキの頃どんなだった?」
「どんな?って?」
「あんなんだったか?って訊いてんだよ」
 センター守備に入っている泉がスライディングで捕球したボールをフォローに入った三橋が受け取り、サードに投げた。ランナー役の栄口は間に合わずアウトカウントがひとつ増えた想定に変わる。周囲からの「ナイスロー!」という声に、三橋はびくびくぎくしゃく手を挙げていた。
 当然ベンチの二人も手でメガホンを作って「ナイスロー!」と声を上げる。運動部において、ファインプレーをした仲間を誉めることは全部員共通の重要な役割のひとつだ。
 泉が立ち上がり好返球の背中を叩いて三橋を誉めている。それでまた三橋がひとつ跳ねた。
 浜田は毎日顔をつき合わせている二人のやり取りに思わず笑みを浮かべながら阿部の質問に応える。
「ガキの頃の三橋、な。あー、すーぐにべそかくけどでもころころよく笑うヤツだったよ。野球はヘッタクソだったけどなぁ。根性とやる気だけは他の誰よりあったかな。球拾い役の時とかボール見つけるのすっげー速ぇの。あいつは犬か?とオレなんかちょっとマジで信じかけてたぜ。まー、あのちっちゃいのがあんな投手に育つとは思いもよらなかった」
「へぇ。小さい頃からあんなかと思ってたぜ」
 阿部が意外そうに呟く。浜田は首をごきごきと鳴らした。
「今とはちょっと印象違うなあ。普通の野球好きなちびっ子だったぞ?なあ、阿部?」
「なんだ?」
 浜田に問いかけられて初めて阿部がグラウンドからこちらに顔を向ける。
「オレだけ情報垂れ流しはずるいから、お前もなんかしゃべれ」
「……はぁ?」
 鳩が豆鉄砲食らった、というのはこういう顔を言うのだろう。なんだかいつもの阿部では考えられない表情をしているのが妙におかしい。
「なんかリークしろ。オレだけ本人不在のところでべらべら情報ローエーしてんのってなんか切ねーじゃん」
 阿部はあんぐり開けていた口をようやく塞ぐと、またフキゲンを顔に滲ませて言った。
「そんなこと言ったって、泉のことなら浜田の方が長い時間一緒にいんだから知ってるだろ?中学時代の話とかもあんま知らねえし、特に話すことなんかねーよ」
 今度は浜田が口をぽかんと開ける番だった。
「オレ、別に泉限定で情報流せって、一言も言ってなくね?」
 阿部は眉を寄せる。
「じゃあ他に誰の情報がいんだよ。いらねーだろ、別に。田島か?三橋か?言っとくが、現在のあいつらならあのまんまだ。教室での様子なんか訊かなくたってわかるっての。昔のことは知らねえ。第一興味ねーだろ?浜田が唯一ウチの連中で興味があるとしたら泉しかいねーよ」
「……はあ、まあはい。そうですね。その通りです」
 立て板に水の阿部の言葉に曖昧に頷く。
 阿部の言葉のどの部分への同意なのか、浜田は若干混乱している。年齢下のはずの西浦正捕手の視線が微妙に痛い。
 阿部はため息をついた。
「……浜田は、ピッチャーやってたんだってな」
「そうだけど……泉から訊いたのか?」
 顔を横に向けると阿部が「ちっ」と舌打ちをしている。
「お前、舌打ちって、阿部ぇ……」
 基本的に態度がでかい。これはさぞやシニア時代先輩にかわいがられたに違いない。女子からは案外嫌われるタイプかもしれない。とりあえず雰囲気が恐い。
 そう言えば泉が以前「阿部は昔、好きだった人にこっぴどく裏切られたことがあるからあんなコになっちゃったんだよ」とかなんとか神妙に言っていた。女子にそんなひどい痛手を被るタイプには見えないがよほど惚れ込んでいた相手だったのだろう。
(そうか、失恋の傷はお前をそこまで……!)
 先輩から煙たがられていたことは想像に難くない不遜な態度の阿部が急に哀れに思えてくる。
 だが、浜田のそんな大きく広い心を阿部は知るわけもない。
「そう言うけどな。浜田が普通に野球やっててくれてたら、三橋と二枚看板でウチはいけてたのに、と思ったらつい出ちまったんだよ」
「お前はオニだろ?」
「いや、ふつーっスよ」
 泉が情報源だとしたら、浜田がどの程度野球に打ち込んでいたかは察することができるはずだ。理由がどんなものでも、野球少年が野球を辞めるということがどんなことか、阿部には充分想像がつくだろう。
 なのに、そんなことを言う。
「泉が……」
 阿部はグラウンドに目を向けたまま、ぽつりと洩らす。

「泉があーゆー態度とってるんなら、浜田が悪い投手だったわけねえし。なら、欲しいだろ。ふつー」

「……やっぱ、オニだお前」

 やはりある程度までは浜田の入れ込み具合をわかっていて言っているらしい。実際投げたのを見たことはないのだから評価は見込み値としても、ピッチャー本業の人間がもう一人欲しいというのは紛れもない本音に違いない。
(ま、一応の評価はしてくれてるわけね……泉の態度だけで)
 グラウンドで声出ししている元後輩を見れば、元先輩の切ない気持ちなどまるで知らずに元気いっぱいの様子だ。
 浜田はため息をついた。
「や。ふつーだろ。オレはキャッチャーなんだぞ?いいピッチャーは他の連中よりも多分ずっとずっと欲しいって思ってるって」
「三橋がテンパるぞ?」
 周囲も、当の本人達ですら自分が三橋に取って代わってエースになろうとは思っていないのが控えに二人いるだけの現在と、仮にもピッチャー本業だった年齢上の浜田とでは心理的圧迫は比べようもないだろう。
 第一、三橋は昔一緒に野球をやっていた頃の幻影を未だ浜田に見ているフシがある。
 それくらいは浜田だって気付いていた。
 阿部は「あー、三橋な。テンパるな。そりゃもちろんそーだろ」と苦笑した。
「だがそんなのは慣らしていけばいいんだよ。どのチームだってエースを狙うポジションの投手は複数いんのが当たり前だろ?そういう状況の方があいつも伸びる」
「あくまでエースは三橋構想かよ。自信あんねー。オレぁ現役フッキしても当て馬かよ」
「まあ、三橋の球を一番受けてんのはオレだからな。それなりに。浜田がもしもグラウンドに戻るなら、の話だけどな」
「やんねーよ」
 たらればの話はいつまでしたってキリがない。
 浜田はグラウンドにはもう戻らない。

 ちらりと泉のもの言いたげな顔が浮かぶ。

 何も言わずにただじっとこちらを見ている瞳。あの瞳がやたら印象的で、離れていても心に自然に浮かんでしまう。
 高校に入った最初の一年間は思い出しもしなかったのに、同じクラスになってからの泉は何かと浜田に絡んでくる。直接的にも間接的にも。毎日一瞬一瞬存在が大きくなっていく。
 阿部はまた、独り言のようにぽつりと呟いた。
「浜田は、キャッチャーのサインに首を振る方だったか?」
「ふつーに、ケースバイケース。バッテリー二人がかりでバッター攻略しにかかんなきゃ相手打ちとれねーだろ、ふつー」
「うーん……」
 浜田は当たり前のことを言ったつもりだったのだが、阿部は少し考えこんでしまった。
「ありゃ、そんなんで評価下がんのか?オレ?」
「いや。まあでもやっぱ、惜しかったかな?」
「あ、評価戻った」
 阿部はにっと歯を剥きだして笑った。
「泉の浜田に対する態度がああなら、浜田が言うケースバイケースってのは、まあ、妥当なものだっただろうなと思ったんだ」
「なんだよ。また泉が基準かよ」
 浜田は苦笑しながら息をつく。
「あいつの目はあてにしていいとオレは思ってる。ま、それだけじゃねえけど。浜田が練習つきあってくれてる時の動き位見てっし」
 言いながら守備練習のキリを見つけたらしく、阿部は自分のレガースを黙々とつけ始めた。
「でもま、いいか。ピッチャーってアレだから」
「何だよ?」
「変な奴ばっかりだっつってんの、ピッチャーなんて。これ以上浜田の面倒なんて見てらんねーや、とも思うな。いくらなんでも投手の面倒、田島に見させるわけにもいかねえからさ。浜田が投手だとして、とりあえず半分泉に任せるにしたとしても、やっぱ面倒臭ぇ」
「だからいい加減泉から離れろっつの」
 浜田は思わず苦笑した。
 やっぱり、偏屈で変わり者だが、悪いヤツではない。
「お前も苦労してんだねぇ」
 プロテクターを渡しながら言うと、阿部はふっと笑みを浮かべた。
「でもオレはやっぱ恵まれてる方だって思ってるぜ?」
 今現在向き合っている投手に対しての、それは何よりも明快な評価だ。いい投手と組めているキャッチャーは、何をおいてもとても幸福なのだ。自分のキャッチャーにそう思ってもらえている三橋もまた今現在いい状態にあるといえる。実際、この二人はこれだけ性格が違う割には結構上手いバランスでバッテリーをやっているな、と浜田は思う。
「恵まれてるって自覚あんだったら、そんな欲張んなっつーの」
「まあな。これ以上いい投手増えたらさすがに出来過ぎだって思うけど。でもやっぱりいいピッチャーは一人でも多く欲しいよ」
「見てもいないのに泉のオレへの態度と練習の時の動きちらっと見ただけでその過大評価はなんだよ?気持ち悪ぃな」
 阿部はちらりと浜田を見た。
「態度だけじゃねえよ。オレは、確かに浜田の投球見たことないし受けたこともないけどな。実際に見て、キャッチボールもやったことあって、更に浜田の試合での様子を知ってるヤツが『ものすげーいい』って言ってんだよ。そいつの目は信頼していいって思ってっから『三橋とは全然タイプが違う、両輪のエースになれたかもな』なんて、聞かされた日には愚痴りたくもなるだろ?ふつー」
「え……」
 浜田のプレイヤーとしての姿を知っているのは、このチームには一人しかいない。ちらりと視線をグラウンドに投げれば、そのたった一人が今度はライトに入っている西広の捕球フォローに入っていた。
 高校に入って野球を始めたばかりの西広も大分ボールの処理がさまになってきている。きっちりフライをグラブに収めたのを確認して阿部と二人ほぼ同時に「ナイキャ!」と声を出す。
 西広は嬉しそうにボールを内野に戻した。泉が何か声をかけているのが見える。
 阿部はため息をついた。
「それに……」
「それに、なんだ?」
 阿部は立ち上がると、プロテクターとレガースがちゃんと装着されているかどうか確認する。

「浜田が投げると一際張り切りそうなのが一人、ウチのチームにはいるからな」

「え……」

 ぱあっと脳裏いっぱいに広がった顔がある。
 浜田を元先輩とも思わず構わずタメ口叩いて内側にずかずか踏み込んでくる。なのに、それが嫌な感じにならない。生意気で生意気で、元気な同級生。今はグラウンドで大声を出して、ボールを要求している。
 浜田がどんな投手だったのか、阿部に話している様子が思い浮かぶ。泉が浜田を過大評価するはずもない。それでも泉は投手としての浜田に冷静に最上印の太鼓判を押した。この西浦で三橋と両輪のエースとしていける、とまで言った。そして信頼できるチームメイトの言葉を聞いた阿部は浜田を「欲しい」と思ったのだろう。
(うわ、やっべ……)
 そのことが、震える程に嬉しいと思っている。
 浜田を高く評価してくれた泉は、もしも浜田が再びマウンドに立つことになったらどんな顔をするのだろうか。

 ぱあっと、光のように笑っている顔が思い浮かぶ。

 途端、一気に気持ちが高いところに跳ね上がった。

「や、え、そんなことないだろ?いやあ、そんな張り切るなんてそんな。あいつが、そんな……」

 阿部は、狼狽える浜田を不思議そうな顔で振り返った。

「対抗意識って重要だろ?泉は浜田が投げればものすげームキになると思うんだよな」

「あ……そ、そーゆー、意味ね」

 一瞬自分が考えたことが恥ずかしくて浜田はへなへなとベンチに崩れる。
 阿部は「待てよ?逆に力みすぎていい結果に繋がらないってこともあるな。あいつ、負けん気強ぇから」とピッチャー・浜田の時の泉のマイナス影響を真剣に考え始めている。
「……おめぇ、やっぱりひどいヤツだなあ」
 浜田は鈍いのか鋭いのか微妙な判定の正捕手の背中を見ながら、苦笑した。
 それから視線をグラウンドに移す。

 泉が笑っていた。

 それから目を閉じる。

 やっぱり、浜田の瞼の裏で泉は笑っていた。

「阿部くん!もうプロテクターつけてるね?キャッチャー入って。それから、浜田君!ランナー手伝ってちょうだい!」
 りんと響く監督の声が耳に届く。
 球児と元球児は同時にぴっと背筋を伸ばして「はいっ!」と大きく声を出すと、二人してグラウンドに駆け出していく。
 浜田の中の泉の笑顔は、夏に近づいてきた陽射しの下でよりくっきりと陰影を描いた。
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