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● 熱伝達  ●




 浜田とつきあい出して変わったことはいくつかある。

 とはいえ、泉の生活の全てが一変するほどの激変ぶりかといえばそんなわけでもない。
 浜田とつきあっていたって、練習は毎日早朝から夜までがっちりある。
 部活の後で浜田の部屋によるのは、まさかの告白をされる前からの習慣だった。だから特に変わったこととはいえない。

「泉、食ったら食器洗っとけよ」
「おう」

 練習で消費したカロリーを浜田が用意してくれている夕飯で若干補うのも、再会してから告白までの時間で日常になっていた。
 だからこれも違う。
 変わったことといえばやっぱり泉が浜田の作ったご飯を食べる代わりに、自分が浜田に食われることになったことか。
 これはもちろんセイテンノヘキレキ級のできごとだ。
 故事成語の意味を、身を持って体験してしまった。
 そうなったら、浜田がちゃんと自分の分の食事を用意して待っていてくれることがどうしようもなくうれしいことになった。
 これは、気づいてなかっただけで前からずっとうれしくてくすぐったいことだったかもしれない。だから、ウェイトだ。

「ごっそさん」
「おー」

 浜田を置いて席を立つと泉は、洗剤を含ませたスポンジで手早く食器を洗いはじめる。ついでにシンク周りもちゃんと磨いてみる。
 家では絶対にやらないことだが、ここにくるとなんとなくそういう気になる。それがここでの暗黙のルールだ。母親が見たらさぞや衝撃を受けるに違いない。
 そうしてシンクを磨いたことに必ず気づく浜田がちゃんと「泉、シンクきれいにしてくれたんだ。ありがとなー!」と笑って言ってくれることがひどくうれしい。

 しみじみとうれしいと思うようになった。

 それは変わったことのひとつにカウントするべきなのか、いや、もしかしたら告白前もそう思っていたかもしれないからやっぱりウェイトだ。

 一通り台所の片づけを済ませると部屋に戻る。
 浜田が畳に座っている背中が目に入った。
 器用に針を使う背中は、目下この夏の大会で使う横断幕を製作中だ。
「……」
 泉は恋人になった男の背中をじっと見つめる。それから、自分の中にあることを確認したばかりの気持ちをまた意識した。
 畳に腰を下ろす。
「……なんだよ。暑ぃし重ぇよ」
 横断幕の文字を驚異的な根気で一針ずつ刺繍していっている浜田は文句には聞こえない声でそう言った。
「るせ。オレは数学の宿題やるんだよ」
 よりかかった浜田の背中にさらに体重をかけながら泉は言う。針を動かすタイミングではやらないように、ちゃんと気を使っている。
 多分それはばれている。
「あー、忘れてた。泉、やったらそれ置いてって」
「時分でやれ。二度目の留年したくねーだろ」
 背中を押す力をさらにかけると少しだけ押し戻される。
「……だな」
 ぴたりと密着した背中は、互いの熱がからみあうようで着ているシャツがあっという間に湿っていく。もうそういう季節だ。
 熱いと言う割には浜田は強いて泉の身体を押しやることはしない。
 泉の重みを受け止めたままで、一針ずつ丁寧に団旗への縫い取りを進めていく。
 泉は問題集を傍らにおいて、立て膝に広げたノートに数式を書き写し黙々とシャープペンシルを走らせる。
 やりにくいことはやりにくいが、ちゃんと文字が書けるからこのままでいい。
 このままがいい。

 つきあいはじめて変わったことはもちろんある。

 むやみにぴたりとくっついていることが増えた。自分からも。浜田の方からも。
「……」
 少し背中を背中で押す。
 浜田から同じだけ押し戻される。
 それでなんだかいっぱいになってしまう。
 それはたぶん、かなり大きくて重要な変化だ。そのことになら、泉はもうとっくの昔に気付いている。
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