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● Birthday Night  ●




 部活の終わりに三橋に「泉くん! 浜ちゃん……今日、会う? よね?」と尋ねられた。
 三橋は「これ!」と決めたら案外押しが強い。泉はといえば、いきなりそんなことを言われて、一歩後ろに下がる。
「会う予定、ないけど……なんで?」
 顔がひきつる。言葉の通り、浜田はテスト明けから冬休みの間はびっしりバイトを詰め込んだと言っていたし、今日ももちろんそうだろう。
 会う予定なんかもちろんなかった。公式戦があるころはそこそこ浜田の部屋に入り浸っていたが、学校が休みに入ってからは連絡もとっていない。
 瞳をうるうるさせて泉を見つめるエースは少ししょんぼりしてしまう。
 ちょっと、罪悪感を覚えた。
「家、近いから。浜田今日もバイトだけど会おうと思えば……会えないことは、ないぞ」
「ホント?」
 三橋は落ち込むのも一瞬だが、復活も時々コンマの速さで達成する。
 勢い込んでこられて、泉はなおも一歩下がった。もう側溝ぎりぎりであとがない。
 追い詰められた気分だ。
 三橋はそれに気付かず「これ!」と何やらファンシーな空気感満々の包みを泉につきつける。
「な……んだ、これ?」
「プレゼント! だよ!」
「オレへの?」
「違う!浜ちゃんへの! これ、お母さんに頼んで買ってきてもらったんだよ!」
 それで、泉に浜田に会って代わりに渡してほしいというわけだ。
 泉は首を傾げた。
「浜田に? なんで? 自分で渡せばいいんじゃね? てか三橋、クリスマスならまだ少し先だぞ?」
「今日じゃないと、だめ……だよ。だって今日は……浜ちゃんの、誕生日だ、から」



 泉は今、罪悪感でいっぱいだ。
 三橋に今日が何の日なのかを聞かされて以来、周囲の音もろくに耳に入ってこない。おかげで、どうして三橋が浜田に直接プレゼントを手渡せないのかという長い長い理由はまるっきり覚えていない。
 泉には後ろめたい気持ちになる理由があった。
(知りませんでした、なんてオレは浜田に言えるか? 言えるのか?)
 答はひとつだ。
(言えない。絶対言えない。ムリすぎる)
 泉の顔面からは血の気がすっかりひいている。
 正直な話、浜田の誕生日は確か冬だったな、ということしか覚えていなかった。面と向かって「いつだっけ?」と尋ねたことがそもそもない。
(そういや、なんで浜田はオレの誕生日知ってたんだ?)
 つまりはこうだ。
 先月末の泉の誕生日に、浜田は少し照れた顔をしてプレゼントの包みを「誕生日、おめでとう」と手渡してくれた。家の近くの公園でのことだ。わざわざ、部活帰りに合わせて呼び出されたのだ。
 寒い寒い凍えるような夜だった。
 あれは多分今年の冬の入り口の夜だ。
 ほとんどまん丸になっている月が空に浮かんでいて、妙に照れている浜田を見てなんとなくどきどきしたのを覚えている。
 あれはなんだったんだろうかと、ずっと思い続けている。
 あの月夜の妙な手触りを、なんとなく泉は忘れられずにいる。
(……じゃなくって)
 なんだか妙な方向に行きそうで泉は慌てて思考を切り替える。
(バッティンググローブ……あれ、いくらするんだろう?浜田、大分ムリしたんじゃないのか?)
 慌てて泉は自分の財布の中身を確認してみる。小遣い日まであと一週間。実に心もとない金額しか入っていない。
「ムリ」
 泉は即断した。
 誕生日プレゼントのお返しはクリスマスにマフラーでも買おうと思っていたのに、その前に誕生日があったとは予定外だった。
 手の中の三橋からのプレゼントがやけに重たい。
(浜田はオレからのお返しとか期待してたかな?)
 あまりそんな風には思えないのだが、三橋からうっかり預かってしまったものを渡す時に『何も言わない』『やらない』というのはさすがに気が引けるどころではない。
 ぐるぐる考えながら家まで帰ると、携帯に母親からメールが届いているのに気がついた。

今朝も言ったけど、今日はお母さんとお父さんデートだから。遅くなるわよ。コンロのところにシチューのお鍋あるからそれ食べなさい。

「聞いてねーし! 何がデートだよ!」
 泉は毒づいて家の中に入った。こっちは考えすぎていろいろとおかしくなっているというのに、親はのんきなものだと思う。
 メールの通りキッチンのコンロに置かれた家で一番大きな鍋には、たっぷりとホワイトシチューが入っていた。
 泉はそれを見て少し考える。
「……よし。とりあえず、メール、だな」

今日バイト明けんの何時だ? メシごちそうしてやるから終わったらウチに来い

 送信ボタンを押して、ものの数秒。
 フリップを閉じたかどうかというタイミングで電話の着信音が鳴った。
「わっ!」
 サブディスプレイには『浜田』の文字が浮かび上がっている。通話ボタンを押すと「泉! サンキュ! すげーサンキュ!」と浜田のわめき声が聞こえてくる。
 一度受話器を離してから泉はため息をついた。
「……お前、返事早いなあ。バイト中だろ?」
 まるで、泉からの連絡を待っていたみたいだと思った。
 また罪悪感、だ。
「すげーうれしい。ありがとな。オレの誕生日、忘れてなかったんだな! 泉ぃ!」
「……お、おう。もちろん……もちろん、忘れてるわけないし。オレも誕生日にプレゼント、もらったしな……」
「今バイト中なんだけどさ、もしかして泉から連絡くるかなーって思ってバイブにしといたんだ。店長も公認だから心配すんな……あ、店長! そんなんじゃないっすよ! いやでもまあ、えへへへ……そんで、今日のバイトあがりな、8時だからそっち行けるの半くら……え? マジっすか? あざっす!……店長が7時であがっていいって! じゃ、7時半には行けるから! ありがとなー。ホントにうれしいぞ。じゃあ!」

「……やっぱ、期待してたんじゃん……」

 泉はキッチンの床にしゃがみこんだ。
 携帯越しのはしゃぎっぷりが胃に痛い。誕生日なのだからカノジョとでも過ごせばいいのに、と思う一方、絶対に浜田はクリスマスもバイトだと決めつけていた自分もいる。それ以外の可能性なんてかんがえもしなかった。
 クリスマスの日はクリスマスの日で、母親に「浜田の家に持ってく分も料理用意しといてよ」と頼んで快諾を得ている。
(やべー、どうしよう。金がない)
 今ごろ泉の招待→誕生日プレゼントの図式に、期待に胸ふくらませているだろう浜田を思い浮かべてため息をつく。
 いっそ「このメシが誕プレだ」と言ってしまおうかとさえ思ったが、すぐに首を振った。
 まだ暖房を入れていない家のキッチンの床は底冷えがする。そんな季節だ。
 泉はほんの二十日前の夜の公園を思い出す。
「すげぇ、うれしかったんだよな……あれ」
 浜田にもらったバッティンググローブは来年の夏大の時に下ろすと決めている。まだ包みを開いただけでベッドのところに飾ってある。
「あれって、オレのこと考えて選んでくれたんだよな……」
 だから泉も、プレゼントは浜田のことを考えながら選びたい、と思う。



「うおー! すげ! なんだこれ! マジ、すげえよ!」
 浜田は泉家のテーブルに並べられた母お手製のシチューと、泉が急いで買ってきたタイムサービスの量り売りクロワッサン。それに、一応ショートケーキ・1つ¥300のが2つ。それから一計を案じたファミマのチキンが5ピース。を見て、満面の笑みを浮かべた。
「すごくねえよ。メインはお袋のシチューだぞ。味付けの8割がルー頼みのやつ」
「マジうれしいって! ありがとな、泉。電話くれなかったらオレ、カップめんの一人誕生日だった」
 浜田はバイトあがりで本当に急いで泉の家に来たらしく、冷たい外気に頬と鼻を紅くしている。
 なんだかその様子に胸がうずく感じがして、泉は驚いた。
「……それは、寂しすぎんじゃねーの?」
「うるせーよ。オレ腹減った。泉は?」
「減ってるに決まってんだろ。でもちょっと待て。プレゼント、先に渡しとく」
「オレ的にはこれで十分以上だけど。でも、泉がわざわざ用意してくれてんなら、喜んでもらうぞ」
 浜田があまりにもうれしそうに笑うので、泉は困ってしまう。
(なんか……熱ぃ)
 浜田のために温めておいた部屋の温度のせいではない。内側からかっかとしてきている。
 泉はなんとなくふらつく足でダイニングから続きの居間に向かう。テーブルの上には三橋からの預かりものと封筒が1通。
「2つもあんの?」
 言われて顔が紅くなる。先に三橋からのプレゼントを手渡して「こっちの本気モードのは三橋と三橋のおばさんからだってさ」と苦笑する。
 三橋からの思いがけないプレゼントに浜田の表情が一瞬輝いたのを見届けてから、そっと目立たないように封筒の方を渡した。
「んで、オレのはこっち」
 何が入っているのか知らないが普通にプレゼントな三橋からのものと比べられるのは恥ずかしい。だが、時間がなかったのだから仕方がない。
 ないよりマシ! と、開き直るしか泉にはない。
「……これ。期限はクリスマスまでだからな」
 浜田は封筒から3枚の紙片を取り出して、目の前の泉と見比べた。
「……泉、これ」
「今、金がねーんだよ。クリスマスも近いし、ヤな時期に生まれやがって。小遣い前だし」
 浜田の手にある紙片には

泉孝介は、浜田良郎のいうことをなんでも1回だけききます。

と書いてある。
 こんなものを作ったのは幼稚園の時の母の日・父の日以来だった。
「クリスマスに……ちゃんとしたやつ、浜田にやるつもりだから、そしたらそれ期間終了な? いいな? じゃ。メシだメシ。腹減った」
(なんか、すげー恥ずかしくね? オレ)
 あとからあとから羞恥心がこみ上げてくる。
(でもなんか……盛り上がり的には、今日なんだよなあ)
 どうせ三橋からのプレゼントを渡さなくてはいけなかったのだし。親たちは留守にしているのだし。一人で夕飯を食べるよりも浜田と一緒の方がいいに決まっているのだし。
 泉の中ではそれで「この流れはガチ」ということにできる。
「てか、誕生日……おめでとう」
「ありがとう……すげー、最高の誕生日プレゼントだ」
 浜田はにっこり笑った。



「あーなんかすげー食ったー」
「おばちゃんにお礼言わなきゃな」
「どうせこれ、オレの晩飯だったんだから、そんなの別にいいんじゃねーの?今日は親が帰るの夜中だろうし、それからメシ食う気はないだろ」
 泉は言いながら、居間のソファに座ってテレビを適当につける。
(おっかしーなー。絶対1枚目はメシん時に出てくるって思ってたのに)
 チケット有効期限のクリスマスまではあと数日だ。浜田のバイトと泉の部活がぎっしり詰まっているから、期間内で次に会える日は実質ないに等しい。
 だから当然、浜田は食事の時に「ファミチキもう1ピース無条件ゲット」で使ってくると思っていたのだ。
 なのに、浜田は当たり前に「泉、食えよ」とチキンを寄こしてくれた。そうして今、普通に自ら立って後かたづけをしてくれている。
(オレの予定では、メシん時に一回。後かたづけ拒否んのに一回。残り一回はどーすんだ?って感じだろうと思ってたのに)
 浜田は泉があげたワイルドカードを一度も切ってこない。
(何に使うつもりなんだ?)

 予想がつかなくて、なんだか不安な気持ちになった。
「泉ー。片づけ終わったぞ」
「おー、サンキュ!さすがに手際いいなあ」
 居間に入ってきた浜田に賞賛の声をかけると、いきなり目の前に紙片が突き出された。
「な、なんだ?」
「さっきもらったカード。まず一枚使う」
 真面目な顔にどきどきしながら泉は「いいけど」とうなずき、ソファの上に座り直す。
 浜田はその隣に腰掛けた。
「今からオレの言うことに、ちゃんとした返事が欲しい」
「……いいけど」
 深刻な様子にちゃかすこともできず、泉はうなずいた。

「オレは泉が好きだ。もちろん、友だちとしてじゃなくキスしたいとか抱きたいとかそう言う意味で」

「へ?」
 間抜けな声が出た。
「な……に、言って……」
 いきなり予想外のことを言われて硬直する。それから一気に全身真っ赤になった。
 告白されたことがないわけではないが、面と向かって言われたのははじめてだ。
「なんだ、気づいてなかったのかよ? 結構バレてるかもと思ってたのに。じゃあ、やっぱりカード使って正解だな」
 浜田は少し表情を曇らせた。

「泉はオレのこと、どう思ってんの?」

「ど、どどどどどどどどど、どう……って……」
 顔がケーキの上のいちごより紅くなっているのがわかった。
 いきなり生々しい告白をされて、その返事を求められてもどうしたらいいのかなんてわかるわけがない。
「わかんね……」
 ようやくそう言って、浜田から目を逸らした。
 浜田は笑みをこぼす。
「イヤとかキモいじゃねえんだな? じゃあ、試していいか?」
「試す……?」
 目の前に二枚目のカードが突き出された。
「泉とキスしたい……」
「ば……っ! そんな、ムリ……っ!」
 驚いて顔を向けると、浜田の真剣な目にぶつかる。
「……ほんとはさ、もっと長期戦で落とそうとか思ってたんだけど。正直誕生日に会えるのだって五分だと思ってたのに、泉の方から連絡きて、しかもこんなモンもらったら、そりゃ押すだろ」
 今日は両親が夜中まで家に帰ってこないことも、泉は自分から浜田に言ってしまった。
 家の中には二人きりで、泉は浜田に「何をしてもいい」という免罪符まで与えている。
(本気かよ?)
 肩をつかまれる。ゆっくり浜田の顔が近づいてきた。
「……っ!」
 思わず目をつぶり、ファーストキスがあっけなく浜田のものになるのを覚悟した。
 唇の感触を感じる。
 身体中が心臓になったみたいにどくどくしている。
 だが。
「……?」
 泉はぱちりと目を開ける。
「……!」
 浜田の顔があまりにも近すぎて、あわてて目を閉じた。しばらくじっとしている。
 テレビから爆笑が聞こえてくる。心臓が痛い。
 やがて、浜田が離れた。
「なん……で……」
 呆然として泉が言うと「さすがに最初のキスはこんなんじゃヤだろ?」と浜田は言った。
 浜田が口づけていたのは、泉の唇のすぐ横ぎりぎりのところだった。
「イヤだったか?」
「イ、ヤとかそういう……」
 浜田は笑った。
「じゃあ、イヤじゃなかった? なんで?」
「わかんね……」
 顔が真っ赤だ。浜田は泉の頭をなでると、最後のカードを取り出した。
「も……それ、やめろ……」
「最後の一枚。オレも必死だから。ここまで言ったら、泉をあきらめるかあきらめないでいいのかのニ択しかないだろ?」
 泉は顔をあげる。
「オレに『あきらめてほしい』って今のキスで思ったらテレビのボリュームあげてくれ。あきらめなくていいならボリューム下げて欲しい。オレは、目をつぶってるから」
 そう言って目を閉じた。
 泉は口を開けて、目を閉じた浜田を見つめる。
(浜田って、すんげーばか)
 妙なキスだった。唇の隣に熱い感じがまだ残る。泉は浜田が振れていたところに手をあてがう。
「知らなかったぞ。浜田って、そんなにオレのことすきだったのかよ」
「悪ぃな……でも結構バレバレだったんじゃないかって思ってたけどな」
「オンナのが明らかにいいだろ? オレ男だぞ?」
「いいと思ってたら、誕生日に、来るあてもねーのに、泉からの連絡ばかみたいに待ってねーっての」
 そして、目を閉じたままの浜田はおかしそうに笑い出す。
「なんだよ?」
「いや、たださすがに誕生日を忘れて……いや、知らないって可能性は考えてなかったから、少しへこんだ」
 痛いところを突かれた。
「なに言ってんだ? オレはそんなことは……」
「お前ねえ。いかにもさっきあわてて作りました! っていう肩たたき券みたいなの渡されたら、誰でもわかるっての。連絡くれたの、三橋からプレゼント預かったからだけだろ?」
 だてにつきあいが長いわけではない。浜田にあっさり見破られて泉はがっくりだ。
「正確には、三橋からのプレゼントを浜田に渡さなきゃいけなかったからだ」
「理由はともかく、オレを今日、家に呼ぼうと思ってくれたのはマジうれしいぞ」
 浜田はそう言った。その表情は少し苦さが混じっているかもしれないと泉は思う。
 素直に「ごめん」という気持ちと、それとは色の違う不思議な感覚が泉の中にはある。
(好き、とか……ホントにばかじゃねえの?)
 キスまがいのことまでして、泉を混乱させた男は今、無防備だ。殴るなら今しかない。
 だが、それをしたら浜田を失う。
 それはとてもイヤだと泉は思った。
「……来年はこんなメシ、誕生日に用意してやれねえかもしれないぞ?」
「いいよー。いざとなったらオレが作るし」
「後片づけも浜田だからな」
「オレのが手際いいしな」
 泉はテーブルの上のリモコンを手に取った。
「確認するけど、オレはオンナじゃねえからな」
「そんなの、会った時から知ってるっての」
「浜田って、ホモ?」
「泉限定ならそれでもいいけど。他の野郎相手っていうのはキツすぎ」
「オレがフったらどーする?」
「泣く。でも、さっきのキスおかずに5年、オレが告った時の表情で8……んー、9年で14年はいけるな」
 泉はあきれかえって目を閉じたままの浜田を見た。
「……あのなあ。本人の前で堂々とおかずにするとか言ってんじゃねえよ」
「オレのものになってくんねーんだったら、せめてそれくらい許してくれよ。その代り、モーソーの中でも大事にするから」
「キモい」
 泉は吹き出すと、ソファに座る浜田の足下に膝立ちする。
「一枚目。まだわかんねえけど。お前やっぱおもしれーわ。オレは浜田が来年の誕生日にオンナと過ごすのはやだって思った」
 浜田がぴくりと身動きするので泉は「まだ、目、開けんな」あわてて手で浜田の両目をふさぐ。
「二枚目。さっきのはあれはやっぱイレギュラーだろ。なんでも言うこと聞くって書いてあんだからちゃんとしろ」
 そうして片手で目をふさいだまま、泉は自分の唇をほんの軽く触れる程度に浜田の唇に押し当てる。
「……!」
 とたんに、浜田の腕が泉の背中に回り強く抱きしめてくる。リモコンがソファに落ちた。
 浜田の目はまだふさいだまま、茶のかった浜田の髪を泉はゆっくりなで回してみた。
(イヤ……じゃ、ねえし。キモいとも思わないオレはなんなんだろな)
 なんだかそれが意外で、泉は目を塞いだままの浜田を見た。あの月の夜から続くどきどきした気持ちは今、強くなっていくばかりだ。
(オレはこのままお前のになっちゃうのかね?)
 それから身体を伸ばして、ソファに落ちたままのリモコンを拾い上げる。
(てか、あんな券を作ってる時点で、オレは期待してたってか?)
「三枚目」
 泉がそう言うと、抱きしめている腕が震える。全身がびくりとして緊張感に満ちる。
(親父、お袋、ごめんな。オレ、ひょっとしたら孫の顔を一生見せてやれなくなるかも)
 浜田を見つめる。
(だってなんか、こいつ、かわいーんだもん)
 自分から水を向けたくせに、もしかしたら泉に引導を渡されるかも知れない可能性に浜田はおびえている。
 20日前のまん丸に近い月が泉の中いっぱいに広がる。
 あの夜から泉はずっと変だった。本当はもっとずっと前から変だったのかもしれない。
(なんか、浜田といると。身体、甘い……)
 泉はその例えようもない正体不明の甘さにぞくぞくとあがってくるものを感じた。
 リモコンの赤いボタンに指をかける。

 テレビの電源をオフにする。
 部屋に一気に静寂さが満ちる。
 泉は浜田の耳元にささやいた。

「オレのこと、あきらめるとか言ったらぶっとばす」
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