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● 家族の肖像〜if〜泉兄・typeA  ●





 オレの弟は日本一かわいい男子高校生だ。
 どこがかわいいかと尋ねられて、あのかわいさを一口ではとても言い表せるものではないがあえて言うなら小さいところがかわいい。
 目が大きくて黒目がちなところなんかもお薦めだ。髪の毛は真っ黒で硬くてあちこち跳ねている。その跳ね方がたまらなくかわいい。
 ああいう跳ね方は真似をしようとしたってできるものじゃない。
 孝介だからこそできる、あの絶妙なかわいさ加減はもはや芸術といっていいんじゃないかとさえ思う。
 かわいいは芸術だ。
 本当にかわいい。
 たまらなくかわいい。
 いくら眺めていてもこのかわいい生きものを見あきることがない。
 できることなら毎日つけて歩きたい。
 あまり考えたくないことだが、もしも、孝介にもしも彼女ができたと言うのなら「必ずウチへ連れてこい」と常々口を酸っぱくして言っている。
 どんな女か兄ちゃんがちゃんと見てやらなくては心配で夜も越せない。
 あんなにかわいい弟だ。
 常に世の中の老若男女からありとあらゆる汚い欲望の標的にされていてもちっともおかしくはない。
 いや仮定の問題ではない。
 それは、孝介にとって今そこにある危機なのだ。
 それなのに孝介は人を疑うことを知らない天使ときている。どんなあばずれや魑魅魍魎に食い物にされないとも限らない。
 心配だ。
 とてつもなく心配だ。

「もう高校生なんだし、放っておいたって平気よ。孝介意外としぶといし」

 そんなことを言うお袋や親父は、のんきにもほどがある。
 本来なら二十四時間体制の完全ガードをつけたいところだが、悲しいかな一介のサラリーマン家庭では世界の至宝を完全に守るに足る財力がない。
 せいぜい高校生になったお祝いにGPS機能付きの携帯を買い与えてやること位しかできなかったふがいない一扶養家族であるオレを、孝介は許してくれるだろうか。
 たかが携帯GPSと侮るなかれ。孝介の現在地をオレ自身の目で常に確認できるようになったことで、常に不安としてつきまとっていた誘拐や監禁の脅威にある程度対応できるようになったと言える。喜ばしいことだ。
 兄ちゃん、孝介が妙な場所にいたらすぐ駆けつけるからな。
 ちなみに与えてやった携帯だが。オレからのプレゼントだと知ったら孝介が遠慮すると思ったので、両親からの入学祝いということにしてある。
 孝介は兄であるオレからのプレゼントは遠慮してなかなか受け取ろうとしない。
 本当に奥ゆかしいことこの上ない。かわいい上に奥ゆかしい。オレの孝介は本当に世界一だ。
 携帯で孝介の位置が逐一確認できることはオレの精神衛生上非常に有益だ。月々のバイト代から出ていく携帯代の出費など痛くもかゆくもない。
 携帯持ちになったんだし、家族間通話は無料なんだから何かあったら兄であるオレのところに遠慮なく電話をしろ、何でも悩みを聞いてやる、と言っているのだが、がんばりやさんの孝介は一度もオレに電話をしてきたことがない。
 お袋は「あんたは孝介に構い過ぎるから嫌われるのよ」と笑うが、それは大いなる勘違いだ。
 孝介はテレ屋さんなのだ。

 そんなかわいい孝介は西浦高校野球部に入ったそうだ。

 ベースボールシャツにキャップを被った時の天使のごとき孝介のかわいさは格別だ。
 初めて見た時には、リアルに鼻血が出た。後から後からとめどなく溢れる鼻血に、当時小学生だった孝介はオレを心配したのだろう。顔を引きつらせていたものだ。
 思えば小学校の頃、兄貴のオレがサッカーをやっているからと、テレ屋の孝介は
「兄ちゃんと一緒のだけは絶対やだ!絶対野球にする!」
とお袋達に主張して小学校の課外スポーツクラブで野球を始める道を選んだ。
 当時、六年生と二年生。
 孝介がサッカー少年団に入団したら絶対手取り足とりつきっきりで面倒を見てやろう、むしろ他の奴には孝介に触らせない、と思っていたオレは目を覚まされた気分だった。

 孝介はオレと一緒にいることで、ついつい甘えてしまうが故に成長できなくなる自分を恐れている!

 あんなに小さくてあんなにかわいい孝介が、もうそこまで考えて自分の道を決めている。
 オレは喜んで影からそっと見守り続けることにした。
 
 野球は孝介が自らを鍛えるためにあえて選んだ己の道。
 だから野球部への入部自体には賛成だ。

 孝介が敢えていばらの自立道を選ぶと言うのなら、影から応援するのが兄であるオレの役目だ。もちろんその足跡である孝介が出る野球の試合は全スケジュール、完璧に押さえている。そのために、情報源であるお袋を味方に引き入れる日々の努力をオレは欠かさない。
 そうして試合当日は孝介がオレの姿を万が一にでも発見して緊張のあまり固くなるといけないから、遠くから高倍率の望遠レンズつきハンディカムで完璧に孝介の一挙手一投足をフォローする。
 ちなみに機材一式で65万かかった。後悔はしていない。今度さらに高倍率のレンズを購入予定だ。
 努力のかいあって、孝介の試合映像はかなり充実したコレクションとなっている。
 恥ずかしがり屋さんの孝介にそんなパーフェクトVTRの数々を見せたりしたらびっくりしてしまうと思う。なので本人に見せることこそ自重しているが、マイライブラリーは世界随一のコレクションだと自負している。
 高校野球のグラウンドで一段と光を増すに違いないオレの天使の姿が今から楽しみだ。

 だが、気になることももちろんある。

 高校生になってから孝介は途端に帰りが遅くなったのだ。
 過保護すぎるのは孝介のためによくないと思っているから、部活動自体は賛成だし孝介には孝介のつきあいがあると理解している。
 とはいえ、物事には程というものがある。
 まだ十五歳の孝介が部活の合宿に参加するというのはどうかと思うのだ。
 オレも記憶があるが、高校一年のゴールデンウィークともなれば、野郎はみんな野獣になる。
 高校受験の呪縛から解き放たれたばかり、しかも新設の野球部ともなればはしゃぎ回る新入生を押さえつける先輩もいない。
 そんな解放区に孝介を、あのかわいい宝石のような孝介を置くことに危険はないのか?
 万が一のことがあったら誰が責任をとってくれるというのだ。いや、責任をとってもらったからと言って孝介の心の傷は決して癒されるものではない。
 高校生ともなれば、男はみんな野獣だ。野獣でなければケダモノだ。
 そんな鼻息荒い連中とひとつ屋根の下で寝るだなんてこと、兄ちゃん心配で一睡もできないぞ、とつい言いたくもなる。

 実際、言ってみた。

「あのなあ……」
 孝介はグラブを磨きながら少し苦笑いをした。
 オレに心配をかけさせまいというその心映えが嬉しくもいじらしい。
 なんて、孝介はかわいいんだろう。
 オレは心から感動せざるをえない。
 やっぱり、ケダモノどもとひとつ屋根の下で合宿だなんてそんなマネさせないぞ!なんなら兄ちゃんついてって見張ってやる!と、喉元まで出かかった。

「兄貴さあ、マジ、いい加減弟離れした方がいいぞ?」

 本当に孝介は天使のような子だ。
 いやもう、はっきりと天使だ。妖精だ。
 兄ちゃん、変な虫がつかないかってマジ心配。
 合宿、ついてってもいいかな?

「ダメに決まってんだろ。せめて友達に胸張って紹介できる兄貴になってから出直してきてくれよなあ」

 孝介はそう言ってため息をついた。
「昔はオレのこと散々けちょんけちょんにしてたくせに、なんでそうなるかなあ。いや、考えてみれば小学校の時には既に片鱗あったよな。オレが見抜けてなかっただけで……」
 それは愛情の裏返しだよ。
「西広とか妹いるとか言ってたけど、マジこんなんならないように注意しろって言おう。てか、あいつはまさかこんなんならねえよなあ、多分」
 そのため息もまるで天上の音楽だ。
 突きさすような視線でさえ、春の日差し。
 孝介はオレを詩人にする。
 兄ちゃんはな、兄ちゃんは、孝介のことがだーいすきなんだよ。
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