●● 【preview】僕は恋に落ちている ●●
「……あ」
深い眠りの底から、ふいに健二は呼び戻された。
自分のベッドだ。
カーテンの隙間から薄い朝の光が漏れている。外はまだ静かで、人が活動し始めるには少々早い時間だとわかる。
「……?」
健二は裸だった。背中にぴたりと他人の体温が寄り添っている。背後から抱かれるようにして眠っていたらしい。
腰の奥に鈍痛がある。
ということは夕べ、佳主馬と寝たのは夢ではなかったのだと、妙に冴えた頭で健二は思った。
「ん……っ」
首筋のあたりで、佳主馬が寝息をたてる。
ぎくりとして、だがそれは背中にぴたりと張り付いている人が目覚める予兆ではないとわかるとほっとして息を吐く。
胸の下のところで身体に巻き付いた佳主馬の腕が健二をがっちりとロックしている。これでは、こっそりベッドを抜け出すことができない。
(腕……下敷きになってるのに痛くないのかな?)
そんなことをぼんやりと思う。心持ち身体を持ち上げて、佳主馬の腕を圧迫しないようにと試みるが、あまり効果があるようには思えない。
(……こんな、なんだ)
誰かとあんな風に深く交わったのははじめてのことだった。
恥ずかしい部分も、何もかもを分け合った人と一緒に眠って目覚めるということが、じわりと染みるような感覚になることを健二ははじめて知った。
昨日よりも佳主馬がずっと近い存在に思える。
(すごく、大したことじゃないか……佳主馬くん)
好きな相手以外とのセックスなんて、そう大したことじゃないと言い切った夕べの佳主馬を思い出して健二は憂鬱になる。
それから、一気にもっと根本的な部分を思い出した。
(あー……どうしよう……)
大変なことになってしまったと、徐々に健二の中に狼狽が渦を巻き始める。
多少は酒のせいにもできるだろうが、少なくとも健二は佳主馬とのセックスの間の記憶は飛んではいない。全部覚えている。
一体自分が佳主馬の愛撫にどう啼いたのかも、何度達して、佳主馬が何度自分の身体で達したのかも。
ちゃんと覚えていた。
(こんなの、どうしたらいいんだよ? どうしたら……)
冷たい汗が滝のように流れていく。
(どうしよう……これから夏の間ずっと、佳主馬くんと一緒なのに)
初手の初手で、こんなことになってしまった。
夏希のことがあった分、佳主馬との同居に多少気が重かったことは否定しない。だが、この夏を佳主馬と過ごすことを、健二はやっぱり楽しみにしていたのだ。
年齢下のこの友人のことが大好きだったし尊敬もしていた。勇敢で賢くて、でも繊細で年齢相応の幼さも持ち合わせている魅力的な人だ。佳主馬がキングカズマでなかったとしても、健二には自慢の友だちだ。
それがこんなことになってしまった。
後悔の味は苦い。
しかもそもそもこうなってしまったきっかけは、健二の失恋話なのだからさらにひどい。
佳主馬の家族どころか一族郎党まで知り合いの健二にしてみれば、各方面に申し訳なくていたたまれない。
「……っ!」
ぴったりとくっついていた佳主馬が目覚める気配がした。
(ど、どうしよう。どうしようどうしよう……!)
「……ん、起きてたの? 健二さん?」
覚悟が整わない内に、佳主馬が話しかけてきた。
「……うん」
どうしても震える声で頷くと、ホールドされていた腕がするりと抜かれる。
「……さすがに、痺れてる。痛……っ」
「え? 佳主馬くん、平気?……!」
びっくりして向き直る。いきなり、近すぎる距離に佳主馬の顔があった。
満面の笑みだ。逃げられない眩しさに、身体がすくむ。
「おはよ、健二さん。身体大丈夫?」
「……おはよう。ちょっと腰がアレだけど、思ってたよりは……」
「よかった……昨日ちょっと、無理させすぎたから。ごめん……加減忘れた」
そんなことを言われてもどう反応していいかわからない。顔が真っ赤になるのがわかった。
唇に軽く佳主馬が唇で触れる。
「どうしよう。僕、今のすっごいヤられた……」