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● クリスマスの約束  ●




 佳主馬からOMC企画トーナメントのセコンドを最初に頼まれたのは、秋口のころだ。
「健二さん、クリスマスってヒマ?」
 キング・カズマが真剣な表情でそう言っている。横に表示された小さなウィンドウの中では、アバターと見事に表情が一致している佳主馬がいた。
「ごめん……クリスマスはその……ちょっと……」
 言いながら顔が紅くなったのは、佳主馬のパソコンに表示されているウィンドウにも鮮明に映っていたらしい。
「夏希姉ちゃんと一緒なんだ。そうなんだね? 健二さん!」
 どう答えたものかと一瞬間を空けたら「わかったよ! 夏希姉ちゃんと仲良く!」うさぎにそう捨て台詞を残されて一方的に回線を切られた。佳主馬本人の映っていたウィンドウはそれより前に切られている。
「怒ったかな……でも、仕方ない、よね」
 具体的な日時や何をするかは決まっていないが、なんとなく「どこか行きたいね」「行こうか」的な雰囲気はないこともない。
「実際、どうなるのかなあ……」
 憧れの人ポジションからだいぶ縮まったはずの夏希との距離は、夏の盛り上がりの反動のように最近は近づく気配すらまったくない。今となっては、あの夏のできごとは夢だった気がしている。
 相変わらず、近いようでかなり遠い先輩だ。
 健二にとっての夏の名残りのリアルは、ほぼ毎日メールやチャットでやりとりしている年齢下の佳主馬との親交だけだった。

 二度目の誘いは12月に入ったあたりだ。
「健二さん、クリスマス、やっぱりヒマなんじゃない?」
 カズマはこの前より必死な様子でそう尋ねてくる。ウィンドウの中の佳主馬も同じ様子だ。
 冬になって、キング・カズマのパーツもちょっと変えてあるのが佳主馬らしい。本人はスポーツブランドの長Tにスウェットで、おしゃれにはいい加減そうなのに。
「一応、今着てるのって今シーズンの新作だけど。スポンサーには評判悪いって伝えておくよ」
「……じゃなくって、佳主馬くん! なんで心読むかなあ!」
「健二さん、わりと独り言多いから注意した方がいいよ。で、ヒマになったの?」
 健二の方が年齢上なのだが、やけに大人びた様子を見せる佳主馬に指摘される諸々には大概ぐうの音もでない状態になる。
「夏希先輩はちょっと、部活のつきあいがあってクリスマスは……あ、でも別に具体的な約束とかまだだったからいいよね、って……」
 ウィンドウの中の佳主馬の目が冷たくなる。
「健二さん、男は引き際が肝心だよ」
「違う違うちがーう! クリスマスは僕は家族と過ごすことになりそうで。うちの父さんが会議で戻ってくるかもってなってて」
 すると佳主馬は少し寂しげな顔をする。キング・カズマも少し泣きそうな表情になった。
「それじゃ、仕方ないよね。いいクリスマスになるといいね」
 またぱちんと回線を切られたが、今度は健二の心にちょっとした罪悪感が残る。
(まだ、決定したわけでもないのに、悪かったかな?)
 なんだか意地になって佳主馬にクリスマスの断りをいれている気がする。
 なんとなく「クリスマスに予定がないなんて、かわいそうな健二さん」という判定をされるのがイヤだなと思ったのだ。
 佳主馬とは夏以来、頻繁にメールやチャットをしたりOZ経由で勉強を教えてやったり、代わりにOMCでのバトルのコツを伝授してもらったりしている。
 おかげで佳主馬は「数学、一番だった」と喜んでいたし、健二にしてもOMCのランキングがかなりあがっている。
 お互いにいい関係だと思う。
 友だち。兄弟。師弟。そのどれでもないが、それぞれのいいところをもらってきているような。そんな。
 だからかもしれない。
 時々、どうしようもない見栄を、佳主馬にだけは張りたくなる。

 三度目はクリスマス直前のことだ。
「ねえ、もうそろそろあきらめて僕のセコンドについてよ」
 キング・カズマは「やれやれ」といった表情だ。もちろん、ウィンドウの中の佳主馬も同じ。
 健二は顔がかあっと熱くなるのがわかった。
「そりゃ確かに。父さんがトラブル対応でクリスマスどころか年始まで向こうにいっぱなし決定だとか、母さんは勝手にもりあがってクリスマスからずっとあっち行っちゃうことになったとか。僕はこっち居残り決定とかね。そういうの全部知ってんの? ねえ、佳主馬くん、このタイミングでコンタクトとってくるって知ってるんでしょ?」
 健二が半ばやけっぱちになって言うと、カズマと佳主馬が同時ににやりと笑う。
「んー……あえて言うなら、勝負師のカン、てやつ?」



 ともあれ、ひとりぼっちイブのめがなくなったのは喜んでいいことかもしれない。
 頼みの佐久間は二ヶ月前の浮かれきっていた友をさっさと見捨ててライブのチケットをさっさと確保していた。
 たとえ実際の距離は離れていたとしても、キング・カズマの身内としてOMCのアリーナ中のアリーナ、たとえどんなVIPが望んでも手に入らない場所にいられる。
 一人だけれども一人ではない。だけではない、健二がイヴの夜に手に入れたのは佐久間の持つソールドアウトチケットとは比べ物にならない程のプラチナチケットだ。
 オフモードになるインターバルも世界で唯一健二だけがキング・カズマの様子を知ることができるのだ。
 この優越感! きっと世界中のキング・カズマコミュニティーの連中が羨望のまなざしを健二に注ぐに違いない。
 気分を盛り上げようと、そこまで妄想を膨らませておいてから健二は息をつく。別にイヤなわけでもなんでもない。プラチナシートだからうれしいというよりも、佳主馬が自分を望んでくれていることが素直にうれしいと思う。
(まあ、あれだけ佳主馬くんが頼んでくるんだし。いいよな)
 キングはもう、健二にとって見ず知らずのヒーローではない。
 大事な……
(大事な、なんだろう?)
 健二はそんなことを考えながら、机の脇に食料を確保してからOZにログインする。
 母親は昨日の祝日に父の元に飛んで行ってしまっていて、家には誰もいない。
 健二のモニタにすっかり馴染んだアバターが出現する。
 結局夏の騒動の時に作ってもらったゆるいリスのアバターに、すっかり愛着がわいてしまった。以来そのまま継続使用している。
 陣内理一のやる気ゼロのアバターを見たら、もうあれでいいという気になってしまったという方が正しいか。
 インしてからすぐに佳主馬からメールが飛んできた。

健二さん、きてくれてありがとう!

 キング・カズマがにこにこ笑いかけてくるのは、なかなかうれしい。
 夏前までは憧れの遠い存在だったのに。

佳主馬くんのおかげでひとりぼっちクリスマスにならないで済んだよ。こっちこそありがとう

絶対勝つから、セコンドよろしくお願いします

 佳主馬のリアルタイム映像が開く。
 健二は、その服装が少し気になった。
「セコンドなんてやったことないんだけど、何をすればいいの?」
 いぶかしみながらそう尋ねる。
「指定のボックスにいてくれればいい。オフモードの時にちょっとだけ健二さんが僕にしゃべりかけてくれたら落ち着けるから」
 佳主馬の返事の内容はいささか気恥ずかしい。
「キング・カズマって今まで公式戦でセコンドついてんのみたことないから、頼まれてびっくりしたよ」
「……だめ?」
「いや、だめじゃないけど。こっちはなかなかできない体験させてもらえてラッキーだし」
「ならよかった」
 しかし、健二はどうも気になる。
 佳主馬はあきらかに今、外にいる。
 リアルタイムモニターの中で着ているのは紺色のダッフルコートにマフラーだ。リアルモニタの画面は上下左右にぶれ続け、佳主馬の背後に見える風景は常に動いている。
 佳主馬は携帯をもって外を歩いているのだ。
 あと、一時間ほどでバトルがはじまるというのに。
「あのさ、佳主馬くん……今、もしかして外にいるの?」
「うん。そうだけど」
 セコンドをつけていながら、肝心のファイターは歩きながらの参加というのはどうなのだろうか? 第一佳主馬のファイティングスタイルに『ながら』というのは全くそぐわない。
 健二は佳主馬がパソコン以外の端末でバトルしているのをそもそも見たことがなかった。
「今日、携帯端末でやるの?」
 尋ねたところでインターフォンが鳴った。同時に健二の愛機のスピーカーからかすかに同じ音が聞こえる。
「え……?」
 まさかの予感に「ちょっと、待ってて」と画面に断り、パソコンでインターフォンの応対モードを立ち上げる。
「……」
 健二はあわてて立ち上がり、玄関に走った。

「健二さん、メリクリ」

 佳主馬が、パソコンのウィンドウと同じ格好で目の前に経っている。
「勝った!」という表情で笑っているから、健二のモニタの中にいる二人の佳主馬とキング・カズマも笑っているに違いない。
「佳主馬くん、来ちゃったんだ」
「来ちゃったよ」
 それから「入っちゃダメ?」とこのときだけは少し不安げに尋ねるので健二は「否」とはいえない。
「清美さんには言ってきたの?」
「母さんは出産でずっと上田に戻ってる」
 佳主馬にはつい最近、妹が生まれていた。
「お父さんは?」
「クリスマスあたりは仕事がせっぱつまるだろうなと思ってたらほんとにせっぱつまったみたいだから。健二さんのところに行くって言ったらほっとしてたよ」
 言いながらリビングに移動した。
「……しょぼ」
 テーブルの上の食料を見て佳主馬がぼそりとつぶやく。
 ポテチ、おにぎり、調理パンにドリンク。まあ、言われても反論できない品々だ。長時間のトーナメント戦を想定して、いずれもいつもより多めに用意してはあるのだが。
「ごめん……佳主馬くんが来るって知ってたら、もうちょっとマシなもの用意したんだけど」
「いいよ。僕はこれで。てゆーか、これがいい」
 佳主馬はにっこり健二に笑いかけた。
 普段はそこらの大人よりよほどクールで大人びたところがあるのに、健二相手にはこんな風に年齢相応の顔を見せるから調子が狂う。
「てゆーか、直接会うのって夏以来なのに。言ってくれたらホントにもうちょっと……」
「いーんだよ。健二さんちこれたし」
 佳主馬がふいに真面目な顔になって言った。
「健二さんが僕のセコンドやってくれるって言ってくれて、すごくうれしかったし」
「……」
 なつかれているな、とは感じていた。
 一緒に危機に立ち向かった仲間だという意識がそうさせるのか。血縁のおじたちと違って、比較的年齢が近いのも関係しているかもしれない。
 佳主馬は愛想がものすごくいいわけでもないが、健二には割と素直に心の内をさらしてくれる。
 そこは結構心地よい。
 夏の様子を見ていた限りでは、佳主馬がこんな反応をみせていたのは祖父であり師匠でもある万助だけだ。あの好々爺と同列で扱ってくれるなんて、光栄だ。
 佳主馬は「隣、いいよね?」と言いながら、肩にかけていたトートバッグから愛機を取り出して健二のマシンの隣にセッティングをしていく。
 そうして、OZへの再ログインが完了したところでようやくコートやマフラーをはずした。
 キング・カズマはOZの空間で早くもウォームアップを開始している。
「特に最近、キング・カズマ絶好調だよね。チャンピオンなのは当然だけど、カジノステージのチャンピオンオッズもずっと1点台のまんまじゃない」
「まあね」
 佳主馬はちょっとうれしそうに笑った。
 キングであることを除いても、やっぱり魅力的な子だと健二は思う。
 陣内の一族はみんな遺伝子に『魅力』の因子を持っているのじゃないかと、健二は真剣に思った。
「まだ時間あるよ。ピザでもとる?」
「うん……あ、お金は僕が払うよ」
「いやあ、さすがにここは僕でしょ。年齢的に言っても。佳主馬くん、名古屋からきたんだし」
「勝手にきたのは僕だから。それに……ピザ代払ってもらう位なら、お願いがあるんだけど」
 佳主馬は言った。
 紺色のダッフルコートの下はパーカーにTシャツといういたってラフな格好だ。
 そういえば、上田では佳主馬は常にタンクトップに短パンで、冬の装いを直接見るのははじめてだった。
(そういえば、二人きりっていうのも初めてか)
 プライベートチャットでは何度も話をしているのに、仮想空間ではない現実で向き合うとなんだかおかしな気分になる。
 なんとなくどきどきしながら、健二は「なに?」と尋ね返す。

「クリスマストーナメント。優勝したらなんかちょうだい」

 健二の表情をのぞき込んでくる目が真剣だ。
「僕にあげられるものならなんでもいいけど。でも、佳主馬くんディフェンディングチャンピオンじゃないか。勝つの前提で言われてもなあ」
 ところが佳主馬は大まじめに首をふる。
「勝負に絶対はないんだ。現に僕はラブマシーンには負けた……ま、こっちは勝つけどね」
「ラブマのことは勝敗に数えてもなあ……」
 佳主馬のプライドは一族の中でも一等変わり者の大叔父の所行でかなり傷つけられて、今もまだその一部はふさがっていないらしい。
「でも、いいよ。僕にあげられるものならなんでもあげるよ」
「ほんとに?」
 佳主馬の目がきらりと輝く。
「ほんと、ほんと」
「うそをついたりしないよね?」
「しない」
 それで佳主馬はひどく安心したような顔になる。
「僕ね、健二さん。今日はいつも以上に負ける気がしない」

 その言葉通りだった。

 OMCクリスマストーナメントは、毎年主催が用意する格闘議場にて行われる。
 今年は古代ローマのコロッセオを模した疑似バトルスペースがキング・カズマ以下、OMC上位ランキング100名を待っていた。
 もちろん、トーナメントの勝敗は即OMC公式ランキングに反映される。それだけでなくトーナメントの優勝者は歴代チャンピオンとして公式ランキングとは別にその栄誉を刻まれることが約束され、賞金もふるっていた。
 リアルタイムモニタの権利は、発売と同時に瞬殺状態でOMCのトーナメントイベントでも盛り上がりは最高の大会なのだった。

 その夜。

 キング・カズマは、その名を人々の驚愕とともに永遠に刻みつけられることになった。

 最短試合時間のレコードは上位5位までがすべてキング・カズマの名前に塗り替えられ、歴代トップ10の内7つをキング・カズマが締めることとなった。
 そして、キング・カズマがクリスマストーナメントで記録した連勝数は15となった。これは、初出場からの連勝記録としては歴代2位タイとなり、来年度に新記録更新への可能性が残ったことになる。
 元々ランキングではトップだったが、このトーナメントでのバトルによるポイントはしっかり加算され、2位とのポイント差は実に100ポイントを超えた。
 もっとも、OMCにおけるチャンピオンは、たった一度の敗北で入れ替わる。1位以外の者ならともかく、キング・カズマに限ってはこのランキングポイントはあまり関係ないのだが。
 ともあれ。
 全世界のOMCファンは熱狂し、キングを称える。
 健二は結局、セコンドの役割をほとんど果たさずに終わった。
 なんと言っても2ラウンド目に持ち込んだバトルが1つもなかったのだから仕方がない。

「あ、しまった……」

 佳主馬が隣で言った。
「1つくらい、2ラウンドめに持ち込んで健二さんとバトル中に話とかしておけばよかった」
「うん、意味がわからないよ佳主馬くん」
「だって、バトル中に健二さんとしゃべるなんてなかなかできないし。セコンドついてもらうのに結構苦労したから、もったいないと思わない?」
 健二は笑ってみたが、頬のあたりがぴくぴくとひきつる。
 夏の大騒動以来、キング・カズマの強さにはいっそうの拍車がかかったと言われている。
 OMC史上最強のチャンプの名を、今や不動のものにしつつある中学生は「だって、あいつに比べたら勝てないなんてことはないって思えるんだよね」と意にも介していないらしい。
 末恐ろしい。
 佳主馬の言う『あいつ』は今はもういない。
「詫助さんに頼んでこっそりあいつをもう一度構築してもらおうかって、時々思うんだよね」
「か、佳主馬くん?」
 あの怪物が再び。なんてことになったら、今度こそやばい。
「冗談だよ。僕だって世界がどうのこうのなんて騒ぎはこりごりだ。家族は大事だからね。そんで……」
 どうも冗談に聞こえない口調だったのだが、そこはつっこまないことにした。佳主馬はラブマ開発者に直接コンタクトをとっておねだり……をしている佳主馬はどうにも想像がつかないが……できる間柄でもあるのだ。
 健二は改めて自分が深く関わっている一族のスペックにふるえた。
 全く、とんでもない。
「健二さん、聞いてんの? 僕勝ったよね?」
「完勝だろ? おめでとう。あ……! あの……さ、図々しくて悪いんだけど。佐久間にモニタデータのコピー頼まれてんだ。いいかな? クリスマストーナメントの完全データなんて高くて手がでないって。無料公開は年明けだから、それまで待てばいいのにさ。一応、佳主馬くんに頼むだけ頼んでみてくれないかって」
 言いながら、健二は少し恥ずかしく思っている。年齢下にものをねだっているようで気が引ける。
「ホントに、ダメだってはっきり言ってくれたらそう伝えるからさ」
「え? モニタデータって、健二さんのとこにたまったログでしょ? 欲しいなら別に僕に断らなくても、あげていいよ?」
 佳主馬は快くうなずいてくれた。
 王者は気前がいい。
「うちの家族、勝敗の結果だけで過程はあんまり気にならないみたいだから。身内でモニタデータほしがってくれたの健二さんがはじめてだよ」
 あそこの家の人たちは結構世間ずれしているところがあるが、クリスマストーナメントの完全データの市場価格を知ったら驚くのではないだろうか。ほんの半月も待てば無料で完全公開されるものなのに、仮想空間の住人たちが最新情報に対して抱く価値観は年々ヒートアップしていっている。
(でもなんか、驚いて終了。って感じ)
 それは確信だ。
「それより健二さん、勝ったからほしいもの。あるんだけど、いい?」
「ああ……いいよ。データの分もあるから、少々無茶ぶりもOK。数学の宿題代わりにやる、とかかな? それじゃ安すぎるか」
 佳主馬はにっこり笑った。
「僕の欲しいものはちょっと、高いよ?」
「え? あんまり高いものだと困るなあ。まあでも、明日OZからバイト料入るから。少しくらいなら大丈夫」
 佳主馬は首を横に振ると「お金じゃ買えないから」とつぶやく。そして、ほんの少しソファに座る位置を健二の方にずらした。
「なに? 僕の持ってるレアアイテムかなんか? でもそんなに大したの持ってないよ?」
「すっごいレアアイテム。世界中で一個しかないやつ。僕は、それが欲しい」
 健二は首を傾げる。
「そんなすごいの、さすがに持ってないけどなあ」
「あるよ」
 佳主馬はさらに身体の位置をずらして、健二の方ににじりよった。
「……佳主馬、くん?」
 気がつけばすぐ目の前、ほんのわずか身動きをしたら唇と唇が触れ合ってしまいそうな近くに佳主馬の顔がある。
「あるよ、レアアイテム」
 佳主馬の瞳を間近に覗きこむ。
 その奥に、炎を見た。
(ああ、そっか……)
 健二は唐突に思い出す。
(僕は佳主馬くんの兄弟じゃない。友だちというのとも違う。もちろん、親でも先生でもない)
『魅力』の遺伝子を持つ一族のその人に、健二は勝てる気がしない。
 身体から力が抜けていく。
 佳主馬の吐息がかかる。
「あるよ、健二さん……ここに」
 健二は目を閉じた。
「ちょうだい」と囁く声と共に、健二の中で夏からこっちの出来事が渦を巻く。
 佳主馬は戦士から、戦略家に変貌していた。
 こつこつと健二を崩し、場を整え、時を狙い、過たず仕掛ける。
 健二が太刀打ちできるわけがない。

 クリスマスの夜は、明けるまでにはまだ長い。
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