10月の人攫い 〜2009 Halloween SS〜





 最近世間を騒がせていることの一番といえば、決まっている。
 幾人ものいたいけな少年たちが何者かにかどわかされ、それきり行方を絶ってしまうという世にも恐ろしい事件である。
 年齢のころなら五つ、六つになるやならずの幼子から尋常小学校卒業を次の春に控えているような年かさの者まで行方知れずになった少年の年齢は幅広い。
 皆、夕暮れ時に一人で道を歩いていたところをねらわれたらしい。
「……大丈夫だって。オレはもう高等小学校も三年目だし。世が世なら元服してて大人だっての」
 十月が終わる日の太陽はぐんぐん沈んで行く。
 黄昏時は過ぎゆく人の顔もよく見えなくて少し不気味だ。
 誰そ彼、とはよく言ったものだ。まばゆい光はまだ十分に残っているのに人の顔も表情もよく見えない。
 人さらいが闊歩する時世だ。なんでもないはずのそんなことでさえ少々薄気味悪い。さらには行く内に、もともとわずかだったその人通りすらも途絶えた。
 背中の辺りが少し寒くなる。
 イヤな感じがずっとつきまとっている。
 孝介は先日来熱を出して寝込んでいた友人を見舞った帰りである。
 拐かし事件は徐々に帝都から田舎へと広がりを見せつつあって、今や日の沈む前に少しでも早く帰宅すべきは少女たちよりも薄幸の美童だなどと言われている。
 孝介の通っていた尋常小学校の学童がひとり、つい先日姿を消したのよと、母が青ざめた顔で言っていたことが頭をよぎる。
(まさか、だってそんなことありえねえし)
 このあたりも大分栄えてきたとは思うが、帝都よりは道々の灯りも断然少なく日が落ちようものなら誰一人町を歩く者がいなくなってしまう。

 魔人が闊歩するには最適だ。

 ぶるりと身を震わせて、孝介は着ていた詰め襟の襟元を正した。学帽をせめて目深にかぶって足を早める。
 喉の奥が干上がるようにして痛む。
「やっぱり、三橋の家で帰りの手配をしてもらうんだったかな」
 友人宅で車を用意する、と言われたのを固持したことが悔やまれてならない。

「……っ!」

 ふいに、幅ばかり広くて誰もいなかった道の向こうに背の高い人影がよぎった。
 思わずぎくりとして孝介は立ち止まる。
「が……外国人?なんでこんな田舎に……」
 長身のその男は金色の髪に透けるような白い肌をしていた。
 まばゆい夕陽に生えてきらきら輝く。
 その様子に、孝介は思わずみとれた。
(すげぇきれーだ……はじめて見た)
 この国の国際化が進むにつれ、横浜や帝都のあたりではもう当たり前のように外国人の姿を見かけるようになっていると聞くが、孝介が暮らすこの町の住人たちの中ではまだまだ見たことのある者の方が圧倒的に少ないだろう。
 孝介だってこれが初めての邂逅だ。
 髪は金色、肌は雪のように白く、目の色は青だったりスミレ色だったりするらしい。知識はあるが、実物を見たことはまだなかった。
 比較的前進派の孝介でさえそうなのだから、もしも外国人がこの辺りに移り住んでくるようなことがあれば大騒ぎになっているはずだ。
「今の……髪の毛、金色をしてた、よな?」
 高等小学校の上級生連中でも外国人を見たことのあるやつらはごく稀だ。
 ただ、本当にそれは一瞬のできごとだったので、確かにこの目で見た、という確証が自分の中で持てない。
 もう一度見てみたい、好奇心が頭をもたげた。
 孝介は小走りに人影が消えた路地に向かう。
「あ……」
 早い帰宅のために普段は通ったことのない裏道を歩いている。影が消えた路地はさらに狭くて、おまけに家と家に挟まれて昼間の最後の光も届かず暗い。
 ほんの少し歩けば田圃と畑だらけのこの街で、もっとも人家が密集している場所だ。
 孝介の目に、路地の先でまた曲がり角を曲がり姿を消す最後の一瞬の金色の影が映った。
(追いかけないと。見失う)
 この時、孝介の頭の中からは拐かしがこの町に来ていることも先ほどの少し不安な気持ちもきれいに消え去っていた。
 ただ、あの夕陽を溶かしたような金色の髪をもっと近くで見たい、とそのことばかりが頭にあった。
 ためらわず、薄暗い路地に足を踏み入れ走り出す。
 暗い路地から出て人影の消えた方向をみればまばゆい西日を受けて歩く姿が見える。
 夕日に目をやられながらも、後をつけようと一歩踏み出せばまるで孝介をからかうかのように人影がまた曲がり角に消えようとしている。
「待て!」
 思わず声をあげた。
 さほど距離があるわけではない。確かに声は届いたはずだ。なのに、その人はそよ吹く風程度にも感じない様子で孝介の視界から消えようとしている。
「ざっけんなっ!」
 もともときかん気で沸点が低いと親によくたしなめられている。自分の声を無視されたことが我慢ならない、と思った。
 駆け出す。
 男の消えた方を見れば、男の姿が道の先、またもや入り組んだ街の路地を曲がるところだ。
 ためらわず、孝介は後を追う。
 不思議なことに、孝介が路地を抜けるちょうどよい頃合いを見ているかのように前を悠然と歩く金の髪に白い肌の男は次の角を曲がるのだった。
(おかしい……)
 ちりちりとイヤな感じなら最初の路地に入り込んだ時に胸の奥にこびりついている。

 この街はこんな迷路になっていたのか?

 いくらこの辺りで一番人家が密集している界隈だとはいえ、所詮片田舎の集落だ。小石川あたりの人家の密集地とはそもそも街の規模が違う。なのに、この街の底知れない迷宮ぶりは話に聞いたことのあるあの街と遜色がない気がする。
 いや、むしろそれ以上か。
 秋の夕陽は刻一刻と暮れていく。
 あれほどまばゆかった西日はもうなりを潜め群青色の夜が頭上に広がりはじめている。
(どうする?もう、戻った方が……)
 今、自分が走っている場所。それがどこなのか、それほど見知った道からはずれているとも思えないのに不安でならない。
 そもそもなぜこんなに必死になって見知らぬ男の背中を追っているのか。

 今ならまだ引き返せるかもしれない。

 背中を冷たい汗が流れていく。
 孝介は自然に心に浮かんだ自分のその考えに戦慄する。
(今ならまだ引き返せるかもしれない、ってなんだよ?)
 そんなことを考えている自分がよくわからない。それではまるで、今の自分が死地に向かっているかのようではないか。
(ありえねえ……)
 学校では、身長こそさほどあるわけではないが鉄火肌でならしている。
 何かあっても、多少腕に覚えもある。
 孝介は自分の身に危険が及ぶその様子が、どうしても心に浮かばない。
「でも、そろそろ戻らないと家族が心配するから、だから」
 あの路地を曲がってもまだ前をゆく人が止まらないようなら潔く断念しよう。
 そう心に決めて、異人が消えた角を曲がった。

「……」

 目の前に闇が広がっていた。
「違う……塀、だ……」
 そこにあったのは孝介が住むこの辺りの土地には似つかわしくないような洋館だった。
 長く続く黒い色をした塀は泥棒よけなのか、塀の上に鏃のようなものがびっしりと生えている。うっそうと茂る庭木の奥には二階建ての、塀よりもさらに真っ黒い壁にやけに赤い色の屋根がのった屋敷になっている。
「こんな屋敷、この辺りにあったか?」
 記憶にはない。
 まるで中空から突如目の前に現れたかのようにそびえ立っている。
 それにしても塀と屋敷の外壁一面の黒が不気味だ。こんな烏の濡れ羽色の壁にしようと思ったのはどこの誰なのだろう。おまけに屋根は血のような真っ赤だ。
 すいよせられるようにして、孝介は一歩、二歩踏み出す。
(気味悪ぃ家……でも……)

 妙に惹かれてならない。

「この家が気になるのか?」

 ふいに声をかけられて孝介はびくりとしてとびあがる。
「あ……」
 すぐそばに、ずっと後をつけてきていたあの異人が立っていた。
(やっぱ……金色だ……)
 先ほどまでの光はもう空には残っていないが、それでも最後の光を浴びて髪が光る。
 一瞬みとれて、それから我にかえる。
 自分が他人を尾行していた、という事実の後ろめたさ。そして、浅ましいとも受け取られてしまう行為がとっくに相手に見通されていたかもしれないという恥ずかしさに、孝介はうまく言葉が出てこない。
 だが、男は孝介のしていたことをまるで気付いてはいない様子で笑った。
「この辺りじゃ、珍しいよなあ、こんな洋館はさあ……」
 男は金の髪と白すぎる肌以外は特段変わったところがあるようには思えない。青とかすみれ色とかそんな変わった目の色でないのは少々残念だと孝介は思った。
(でも、目、茶色だし……)
 ちらちらと横目で見てしまう。
 孝介よりは少し年齢上だろうか。気さくな雰囲気は高等小学校の先輩連中にいたらさぞ心強いだろうと思わせるような風情があった。
 それに予想もしなかったことだが、あまりにも日本語が流ちょうだ。
 見たこともない金色の髪に白い肌の人間の口からよく知った言語が出てくるのが不思議な気がしていた。
「あのさ……」
「入ってみたいか?」

 孝介が口を開きかけた瞬間、言葉を奪うようにして男が言った。

「この屋敷の中、入ってみたくね?」
「……はい……」
 このあたりでは見かけたことのない洋館。不気味な感じもするが好奇心の方がはるかに強い。
「ここの、家の人な……んですか?」
 日本語があまりにも堪能だったので、つい、気がゆるんでしまった。
 見知らぬ怪しい男に気安く話しかけたりするタイプではない。どちらかといえば、警戒心が強いネコみたいだ、と言われる方だ。人見知りするわけでもないのにそんな言われ方は心外だと、孝介自身は思っているのだが。
 男は目を細めて人好きのする笑顔を見せた。
 また、心がほどける。これは、危ない兆候だ。
「そうだなー。今のところは、って感じかな?」
 となると、仮住まい。あるいは家の管理でも任されているのだろうか。
 遠目で見ていた時と違ってずいぶんとこの男は気安い感じがする。はじめて会ったばかりなのになんとなく気がゆるむ。
 孝介は「じゃあ、自分の家じゃないんだ」と砕けた口調で話しかけてしまう。
「まあ……自分の家っていえばそうかもな。だけど長くはここにいれない。でも、今はオレの住処だ……行こう」
 曖昧な物言いをすると思った。
「ほら、来いよ。見てみたいんだろ?中」
 だが、既にゆるんだ気持ちは警戒心を薄れさせる。この人といて悪いことになる気が全くしない。
 うながされるままに、屋敷の門に向かった。

「……いい日だな。ちょうど、ハロウィンだし」
「はろ、いん?」
 聞いたことのない言葉をおうむがえしすると男は笑った。
「ハロウィン。ケルト人の祭りだよ。日本でいうところのお盆だな」
「お盆は八月だぞ」
 男は快活に笑った。
「世界は広いからな。地獄の連中も帰ってくる時期をずらしているんじゃねーの?」
「ああ、そういうことならわかる。この辺のお盆は八月だけど、武蔵野の分家の方では七月だ。浦和と武蔵野で一ヶ月違うなら、盆が夏から晩秋にずれていても不思議じゃねーな」
 すっと肩に腕が回される。
「気に入った」と、お日様のような笑顔の主には不似合いな低い声が滑っていった。
「……?なんだ?」
「いやいや、まだ名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
 孝介は少しむっとして応えた。
「西洋のやり方は知らねえけど、日本では名前を聞きたいならまず自分から名乗るのが礼儀だ」
 すると、男は驚いたように目をぱちくりさせる。それから、楽しげに笑った。
「すっげー好みだわ、お前」
 それで首を傾げずにはいられない。
「好み、って言葉はふつうは女性に対して使うもんだろ?」
「お前はもう、女に対してこの言葉を使ったことがあるのか?」
 少し男の声に凄味が増す。
 孝介はなんとなく気後れして、ぽつりとつぶやいた。
「……オレにはまだ早い。まだ学問を修めている途中の身だ」
「そういう学問も必要なんじゃねえの?そろそろ」
 からかわれているのだ、と思うと腹が立つ。言葉の端々に含まれている笑みにむかむかする。
「その時期はオレが決める。だから、お前になんか言われたくない」
「怒るなよ。オレはお前が気に入ったんだ。ものすごく、な。お……そうそう。今日はハロウィンだから屋敷に入るのには特別な言葉が必要だ」
「……ここは日本だ。西洋じゃない」
 孝介の抗議に男は笑う。
「だけど、この家の敷地に一歩入れば小さな外国だ。そう思わねえか?」
 一理ある、とうなずくと男は鉄でできた頑丈な門を両開きに押しあけて一歩先に中に入って振り返った。
「Trick-or-treat?言ってみ」
 背中に負った屋敷は黒々とした壁が不気味な迫力で孝介に迫ってくる。
 ひるみかけ、それを相手に悟らせたくないという負けず嫌いの気性が出た。
「とり……?なんだそれ?」
 艶っぽい方面に対して未熟なことは自分でわかっている。以前、四つ違いの兄に騙され、女学生のたくさんいる道なかでひわいな言葉を大声で言わせられて赤っ恥をかかされた。その時の苦い記憶がよみがえる。
 孝介は警戒心むき出しで男をにらんだ。
「Trick-or-treat? 言っただろ?今日はケルトの祭りだ。アイルランドではハロウィンの晩になると子供たちが家々をそう言って訪ねてまわるんだよ」
 金色の髪に白い肌の男はそう言った。
「どういう意味があるんだ?」
「いたずらか?饗応か?……子どもならそう言えば家のものがTreat……この場合はお菓子をくれるんだぞ。そういう習慣だ」
 男の目がきらりと光る。
 そう言われれば孝介も知っている習慣がある。
「団子どろぼうみたいなものか?お月見の時の」
 中秋の名月の時に、お供えの月見団子は盗まれるとその家の子どもが健康でいられるとされ縁起の良いこととされている。孝介自身、数年前までは幼なじみたちと一緒に近所の家をまわったものだ。
 男は「そうそう。それでいいよ。それに近い」と相づちを打ってくれた。
 郷にいれば郷に従うのは礼儀と言うものだ。孝介は由来をきいて納得すると男の顔を見つめた。

「トリック・オア・トリート?」

 男の目が光る。

「Trick-and-treat!ようこそ、我が家へ」
「……? 文言が少し変わっていないか?」
「いや、この場合はいーんだよ」
 孝介は敷地の中に一歩足を踏み入れた。
 特段変わることはない。かなり傾いて橙と紺の色が入り交じった色に変わった空を一度だけふり仰ぐと、また当たり前のように肩に手を回してきた男の好きにさせて屋敷の中に案内してもらう。

 扉の向こう側は馴染みのない調度品だらけの不思議な空間だった。

 幸い、知識として西欧の屋敷では家の中で靴を履いたままでいるという習慣があると知っていた。面白いものを見る目つきで男がこちらの様子をうかがっていても、孝介はすました顔をして靴のまま中に足を踏み入れた。
(知ってはいても、いざとなると緊張すっな)
 なんとなく居心地が悪い。
 高い天井は『吹き抜け』という建築様式になっているそうだ。玄関を入った目の前は広間になっていて、真ん中に階段がある。上がったところは客用の寝室になっていると男が説明してくれた。
 広間には分厚い布が敷いてあり、足音を吸い取ってしまう。絨毯というのだと、男が説明してくれた。壁にはこの屋敷にかかわりがある人物なのか、髭をたくわえた洋装の老人の絵がかかっていた。
 もう大分日が暮れている。
 広間の中は薄暗くて、調度品が細部までよく見えない。総じて古びており、濃い影を落としていて外観同様なんとなく薄気味悪い。
「こっちだ……」
 案内されるがままに一階の階段下の扉から室内へ向かう。
 中庭に面した窓が大きく切り取られた、昼間であれば明るい部屋であろう。
 応接間だと説明されれば納得がいく。
 艶のある深い緑色の長椅子とそれに合わせたやはり低い高さの卓が部屋の中心に据えられ、足元にはちょうど長椅子と卓がある部分にだけ見事な紋様が描かれた絨毯が別に敷かれていた。
「そこのソファに座れよ。今、お茶を淹れてくるから」
「……少し、部屋の中を見ててもいいか?」
 孝介が部屋の隅に置かれた暖炉や置物に目を奪われながら言うと、男は苦笑した。
「代わりにお前の名前を先に教えてくれるならいいぞー」
「……なぜ」

 先に孝介に名乗らせることにこだわる?

 一瞬、そんな疑問が口にのぼりかけたが口をつぐんだ。
 今度はものを先に頼んだのは孝介の方だ。折れてやっても問題はない。
 そう、思った。
「泉……泉孝介」
「コースケ……イズミ……いい、名前だ。オレはハマダでいいよ。そう呼んでみ?」
「ハマダ……浜田……」
 ハマダという名前はやっぱり日本人の名字を連想させる。『浜田』かあるいは『濱田』か。孝介の頭の中で思いつく当て字はそんなところだ。
 浜田はひどくうれしそうに笑った。
「そう……いいね。泉は、やっぱりオレ好みだ。いい日にいいの見つけたわ」
「何を言ってんだ……」
 その言葉の奥に深い意味が透けて見えた気がして、一瞬たじろぐ。
(名前、教えたのまずかったかな……)
 本能的にそんなことを思った。
 ずいぶんと気安い口をきいているが、浜田とはついさっき言葉を交わすようになったばかりだ。

 もしかしたら自分はずいぶんとうかつなことをしているのではないか?

 そう思う心が止まらない。
(やっぱ、さっさと帰った方が……)
 警戒の炎があがりかけると、浜田が絶妙な間合いで声をかけてくる。
 まるで、心を読んでいるかのように。
「泉は甘いもの好きか?」
「あ……まあ、普通……」
「そっか!じゃあちょっと待ってろ。チョコレートがあるんだ」
「ちょこれいと……」
 名前だけなら聞いたことがある。確か米国かどこかの菓子の名前だ。
(まあ、気のせいだよな……浜田、悪い感じしねえし)
 髪の金色と白すぎる肌はやっぱり気になるが、話す言葉は日本語だし名前まで日本人の名字とくれば、気は緩む。浜田自身がくったくなく話しすぎるせいでなかなか警戒する気持ちになれない。
「チョコを食べるのははじめてか?はじめてだろ?ちょっと待ってろ」
 孝介をその場に残して部屋から出ていく。
「……変なヤツ」
 遠目で見た時にはあまり感じなかったが、話してみればどうもそう年長者とも思えない。案外同じ位の年齢かもしれないと孝介は思う。
「それにしても……変な調度ばっかだな」
 部屋の隅においてある甲冑に近づいて覗きこむ。西欧の鎧かぶとは鋼鉄でできており、剣道の防具に少し似ていた。
 ぴかぴかに磨きあげられているが相当の年代物だということは一見してわかる。
「この家、あいつの仮住まいって言ってたよな。ホントはどんなヤツの持ちモノなんだろう」
 暖炉に今は火はない。すすけた跡があって、おそらくこれから冬になれば火をいれるのだろう。囲炉裏や炊事場の竈は見たことがあるが、こういう形で暖をとるものははじめて見た。
 この部屋にも絵画が飾られており、今度はなんということもない花の絵だったことに孝介はほっとしてしまう。
 この屋敷に足を踏み入れて以来、背中に妙な緊張が走っている。
 浜田といた時にはあまり意識しなかったことが、一人になって急に迫ってきた。
 窓に近寄ると、空に日の最後の光がわずか残っているのが見えた。
「そういやこれくらいの時間ってなんて言うんだっけ……」
 ふいにそんなことを思った。
 そう。
 これくらいの時間のことを、誰そ彼とは別にもうひとつ呼び方がある。
 人が人ならざるものに逢いやすい、昼でも夜でもない曖昧で不安定な時間。

(逢魔が刻……)

 瞬間背中がぞくぞくと震えた。



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