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● 君、帰る〜1  ●




 うちに帰ると、リビングでは佳主馬がちょうどバトルの最中だった。
 キング・カズマはOMC初の殿堂入りを果たした(というより、殿堂入りというシステム自体を創設させるに至った)チャンピオンで、今もOMCにインすると熱狂的な歓迎を受ける。
 健二はといえば、佳主馬が気まぐれにOMCに足を踏み入れている姿を見れば「ああ、今ちょっと煮詰まってるんだな」と思うのだ。
 年齢下の恋人は、時々やけに繊細だ。
「ただいま」
「……」
 久しぶりに見た佳主馬の戦う横顔は、相変わらずぞくぞくするほど色っぽい。
 白のハイネックのシャツは、健康的に日焼けした浅黒い肌によく映えている。
 チャンピオンとして戦っている時の集中力は、並みではない。誰かが話しかけてきても聞こえないこともざらだそうだ。
 そのあたりはもう慣れっこだから、返事がないのもさして気にも留めない。
 少しだけ、その場に立って恋人の横顔に見とれた。数日の間見ることのできなかった人の存在を確かめる。
(ああ、かっこいいなあ)
 決して欲目ではないと自負しながら、健二は自室に入るとゼミ合宿帰りの荷物を下ろした。途端に疲労がずっしりと自覚される。
「さすがに、疲れた……」
 今回は親睦を図ることが目的だったからあまりプレッシャーはなかったとはいえ、院生として学生たちの面倒を見て回るというお役目にはまだ慣れていない。
 おまけにゼミ合宿でいつも使っている箱根の宿は駐車スペースが狭く、教授たちの車だけで埋まってしまう。さらに駅から離れていて、学生の身分の健二たちは自動的に徒歩片道20分を余儀なくされるのだ。
 健二のゼミは結構しんどいことで有名なところだが、健二としてはまず、宿と駅との往復がしんどい。さらに年齢下の学生たちの面倒をみるのがしんどい。
 年齢下との接し方なんて佳主馬で慣れているつもりなのに、他の人間相手だとやっぱり勝手が違う。好きだという自覚をする前、多分はじめて会ったその日でさえ健二は佳主馬に対して、もっと親しい感じを抱いた。多分。今となっては遠い日の話だから、多少脚色されているかもしれないが。
(それにしても)と、健二は思う。
 佳主馬と二人暮らしの家に戻って、一気に疲労を自覚した。そのことが、やけにくすぐったい。
(ここは僕の家なんだな)
 佳主馬がいる、この空間が。
 じわりと優しい甘さがにじむ。

「……おかえり、健二さん」

 ふいに背後から抱きしめられた。
「うん、ただいま。佳主馬くん」
 首筋に唇の感触。それから頬。自ら顔を向けて、唇へのキスを受け止める。
「ん……」
 腕の中でくるりと向きを変えてちゃんと抱き合った。最初に出会ってからの数年は、距離的にとても離れた街で暮らしていたから逢うのも容易ではなかった。
 だから、たかだか三日間の別離なんてたいしたことじゃない。そのはずなのに、まるで何年も離れていたような気がしていた。
 もう、佳主馬の身長はとっくに健二を追い越していて、ずっと続けている少林寺拳法の鍛錬の成果は伸びた上背に、戦うための美しい筋肉をまとわせている。抱かれると、見た目にはそんなに体格の差を感じないのに全部でくるまれるような錯覚に陥る。
「健二さんだ……」
 ささやくような声に喜色が混じっているのがわかると、身体の底からざわめくような何かがあがってくる。
 健二は抱き返す腕に力をこめる。
 キスが深くなった。
 佳主馬の下が容赦なく健二の咥内を舐め尽していく。健二のキスの経験値など、佳主馬以外には皆無だ。だから、別の人と比べての「巧い、下手」など知る由もない。でも、佳主馬とのキスは健二を簡単におかしくさせる。それで十分だ。
 佳主馬が反応している腰をすりつけるようにしてくる。
 わかっている。健二とて同じ気持ちだ。
「シャワー……」
「だめ。もう僕、とっくに電池切れてるから、充電しないと死ぬ」
 そうささやきながら、佳主馬が健二の耳をぞろりと舐めた。
「……っ!」
 拳法家の手が、健二の尻をなでている。
「ゼミの人たちに変なこととかされてないよね? 健二さん、最近特にやらしくなったから心配なんだけど」
「やらしくって……そんなわけないでしょ?」
「あるよ。僕が言うんだから間違いない」
 がぶりと首筋にかみつかれてしまった。それから、甘噛みしたそこを気遣うように、というよりは子どもが飴を舐めるようにぺろぺろ舌を使い始める。
 ぞくぞくと、甘いものが下半身から一気に駆けあがってくる。
「OMCは? バトルしてたんだろ?」
「全部勝った。健二さんなかなか帰ってこないからいらいらしてて、手加減しなかったからあっと言う間。物足りなかったよ」
 ちゅ、ちゅ、と幾度も場所を変えて唇を落とす佳主馬に健二は苦笑した。
「キング・カズマがインしてくることなんて最近じゃあんまりないんだから。世界中のファンが悲しむよ」
「いいんだよ。この三日間、結構ずっとインしてたし。僕の健二さん不足解消のがずっと重要」
 また唇を捉えられた。
 深く口づけあう。
「うん。僕も佳主馬くんに会いたかった」
 佳主馬の目がとろけるようなまなざしに変わる。それから、別の意志を持つ光に変わった。
 それが合図だ。
 キスを何度も交わしながら、互いに服を脱ぎあう。まだ夕方の光が眩しい時間だ。多少の後ろめたさがないわけではない。でも、興奮する。
 健二のベッドに二人してなだれ込む。
 佳主馬とのセックスで、健二はもう当たり前に快楽だけを追うことができる。それでも裸を見せることに、まだなんとなく恥じらいがあるのはどうしてだろう。
「健二さん……」
 覆い被さった佳主馬がささやいて、またキスをする。
 舌を絡めあい、唾液を交換した。見つめあうと、佳主馬の瞳に自分の顔が映っているのが見える。
 それが、びっくりするほどうれしいと健二は思った。
 耳を舐められると、どうしても声が漏れる。そんなところが気持ちいいなんて、佳主馬と抱き合うまで健二は知らなかったし、きっと一生知ることもなかっただろう。
 それから、胸もだ。
「男の平べったい胸に価値なんかない、この世で一番ムダなもののひとつだ」と、佐久間が昔断言していたことがある。
 だが、佳主馬にとっては違うらしい。証拠に、健二の胸にことさら痕をつけたがる。
 軽く歯を立てて強く吸っては、ゼミ合宿に入るのを気遣っていてくれたために真っ白に戻っていた肌に紅い印を刻んでいく。
 風呂からあがった時、鏡に自分を映すとぎくりとする。たくさんの紅い華は、佳主馬の健二への執着の象徴のようだ。それが、健二の中に甘い蜜を注ぐ。
「あ……」
 自分でもびっくりする位甘い声が出る。
 胸の先をついばまれ、ねぶるようにしてしゃぶられると最近抑えが効かなくなってきている。前はくすぐったいだけだったのに、鋭い感覚が健二を苛む。
「ここ、好き?」
「あ……う……ん……」
 最後の「ん」だけが、か細くなった。佳主馬がうれしそうに笑う。
 それで、もっと甘く声をあげるはめになった。
 今なら佐久間に「胸は結構、重要だよ」と言えるのだが、理由を説明することはできそうにないのが口惜しい。
「すごい、かわいい……僕の……」
 佳主馬はそう言いながら音を立てて、健二の肌を吸う。
 どうも年齢下の恋人は最近、したたかになってきた気がする。仮にも年齢上に向かって「かわいい」とは何事か、と健二は思う。もっと問題なのは恋人の身体をどんどん拓く方向に興味を示している気配があるところだ。
 以前のようにただ切羽詰まって繋がろうとすることよりも、じっくりと健二をかわいがりたいという意思を感じる。
 困った、と健二は思う。
(こんな、全部主導権渡すのとかって、どうなんだよ?)
 佳主馬の経験値だって、健二とイコールなのはわかりきっている。
 だって多分、佳主馬の初恋の人は健二なのだから。
 そして佳主馬は見事なまでに本命以外をないがしろにするタイプだった。
 ある意味これほどよい恋人はいない。態度の違いがあからさま過ぎて健二の方がはらはらすることもあるほどだ。
 だがそれを心地よいと思ってしまう自分に、健二はとっくに気がついている。
「ん……」
 唇が寂しいと訴えると、思う通りのキスをくれる。舌を絡めるだけでぞくぞくするほどイイ。
(なんか……最近……僕は、フシダラ、だ……)
 のしかかる佳主馬の重ささえ、甘い感じがする。
 乳首をたっぷりと舐めしゃぶられたり、歯を当てたり強く吸ったりされるとどうしようもなくなってしまう。相手の反応をみながら自在に緩急を変えてくる佳主馬が、もう健二にはコワくてならない。
 快感に対して無抵抗な身体は、簡単に健二を裏切る。
 いくら声を必死に押さえても、顕著な反応を見せれば佳主馬には黙っているだけの健二の声が筒抜けだ。それで、相手はどんどん行為をエスカレートさせてくる。
 腰骨のあたりを強く吸われて、また健二は魚のように跳ねた。
 思わず佳主馬の髪に手をやった。
「どうしよう、佳主馬くん……」
「どうしようって? なにを?」
 問い返されて健二は真っ赤になる。
「わかんないけど……どうしよう……」
 佳主馬はにっこり笑った。よくできた年齢下の恋人は、たぶんこの場合に一番正しい答えをくれた。
 つまり、健二に深く深くキスをしてきたのだ。
「僕の方がどうしようだよ。なんでそんなに、かわいいの?」
「か……っ!」
 四つも年齢下の佳主馬に真顔でまたそう言われて、二の句もつげない。
 ほんの数年前までは、自分だってかわいい男の子だったくせに、なんでこうもエロくなったのか、と文句を言いたかった。
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