●● バスタイム・ラヴァー〜2 ●●
「健二さん」
背中から抱きつくと、ボディソープの泡でぬらぬらとした肌が滑って気持ちがいい。
「だめ……ホントにのぼせちゃうだろ?」
体中泡だらけだ。かろうじて無事な耳たぶを噛む。すると、健二の中でも震えが起きていることが確認できる。
「あ……そんなとこ触っちゃ……だめ、だよ……」
背後から手を回して、さっき拒絶されたところを包み込む。
「どうして? ちょっと、固くなってるのに」
ゆるゆると曖昧な力で上下に擦る。泡でぬめっているからスムーズに手で作った筒の中を熱がこすれる。
「あ……佳主馬く……」
身をよじって逃れようとするのを許さず、佳主馬は押さえ込んで上半身を上下に動かした。
いつもと異なる摩擦の感じが心地いい。
「ん……」
さらに首をひねった健二の唇を捉えて口づける。腰のあたりに、下半身を擦りつけると形を成してきたそこを感じるのか健二の声がのどの奥でひきつれる。
(これ、イイ、かも……)
ぬるぬるとした感触で触れあうのは、常になく興奮を誘われる。
わざと肌を密着させ、すりつける。同時にあっけなく捉えたそこを両手で擦ってやると、健二の声が甘く漏れる。
「健二さん……ごめん、ちょっとだけ立ってもらえる」
その言葉の意味するところを知っている健二がぴくん、と震えた。
「すっごい……がっついててごめん……」
さっき「ここではイヤだ」と言われたばかりなのに、相手の希望などまる無視のやり方は、佳主馬とて心苦しい。だが、一緒の時間を重ねるごとに夢中になっていく気がする恋人にもっと触れたい気持ちが走ってしまう。
(なんでもかんでも、わかってもらえるなんて勘違いしてんじゃない、って言われそうだけど……)
それでも小さくうめいた健二は腰を浮かしてくれた。小さな不安と安堵とその先にある幸せの繰り返しの毎日だ。
バスタブにもたれるようにして佳主馬に向けて尻が差し出される。
少し考えて、佳主馬はバスルームの扉をわずかに開けた。とたんにさあっと冷たい外の空気がなだれ込んでくる。
それから手に新しくボディソープを出すと、石鹸のぬめりを借りて健二の内側に指を差し込んだ。
「ん……あ……あ……」
自然に健二の腰が揺れているのに、佳主馬は微笑した。
清潔で、性的な部分に淡泊に見える健二が佳主馬の前で痴態を見せてくれることにどれほど喜びが募るか、一度ちゃんと話してみたいと思う。
実際、同世代のぎらぎらした連中と違って、健二はさらりとしている。積極的に求めてくることはほとんどないから、もともとそういう欲求については薄く生まれついているのだろう。本人もそう言っていたし、佳主馬もそう思う。
時々それが物足りないと思うこともあるが、この清潔さはむしろ佳主馬にとっては好ましい。
「挿入れるよ?」
「ん……早く……」
もっとも、時々ひどくみだらになる健二も大好物なのだから、佳主馬にとってはどんな健二でもウェルカムなのだろうとは思う。
恋なんて、所詮盲目になってしまうしかないものだ。
それでいい、と佳主馬は思う。
健二が同じくらい盲目ならばもっとうれしいのに。
挿入は比較的楽だった。
バスルームはベッドに比べたら、やはり動きに制限がある。どこもかしこも固くできているから、無茶をしたら大事な人の体を痛めかねない。
そう思うと、腰の動きは自然、慎重になる。バスタブの縁にしがみついて甘く鳴く健二の声が響くのはとてもクるのだが、暴走はできない。もどかしくて、焦れったい。
「んぅ……あ……」
吐き出す息の熱さに、健二の中にも同じもどかしさがあるのを知って、また愛しくなる。
「健二さん……ドア、少し開いてるのわかる?」
「ん……」
「上田だったら、大変だね。チビたちが絶対覗きにくる」
ぎゅっと、佳主馬を締め付ける力が強くなる。
「……健二さんと僕がお風呂で何してるんだろう? って、絶対くるよ。そしたら、見られちゃうね」
「あ……」
「僕と健二さんがエッチしてるとこ、見られちゃうよ」
「ああ……や……っ」
もちろんここは上田の田舎ではないし、家の中にいるのは佳主馬と健二の二人きりだ。
それでも、言葉で誘導され健二の体が、他人にセックスを見られる幻想にとりつかれてひくひくと怯える。
「そこ……閉めて……」
佳主馬は恋人のぬめる体を後ろから抱きしめる。よりいっそう深くつながって、健二がむずがった。
「だめ。ちゃんとドア開けておかないと、またのぼせちゃうでしょ?」
言いながらぴったりくっついて、腰を揺らす。
「ああ、でも……ちょっと体が冷えてきたね。温まらないと。ボディソープ流そうか」
深く差し込んでいたものを抜くと、佳主馬はシャワーのコックをひねった。
二人分の泡をあらかた流し終えると、佳主馬は「一緒に温まろ」健二の手をとった。
バスタブから大量の湯が流れていく。
向かい合う形で、健二のそこに再び佳主馬は熱を挿入した。
健二はもともとそんなに体重があるわけではないが、浮力のせいで、不思議に軽く感じる。
「健二さん……」
「佳主馬く……」
キスは健二から落ちてきた。
抱き合って、貪るようにキスを交わす。
バスタブの中ではさっきにも増して動きづらい。じゃぶじゃぶとお湯が騒ぐ。ボディソープのぬめりがなくなって、今は吸いつくように肌が合わさる。
境界の曖昧なぬるぬるとした感触と異なり、今ははっきりと健二との境目がわかる。
ひとつに溶けあう悦びとは別の、二人でいるという実感が強い。
脇の下から腕をくぐらせ、抱き寄せる。
嵐の海みたいに、バスタブの湯を揺らして大量のお湯が洗い場の排水口に吸い込まれていった。
深く深く差し入れ、締め付けてくる最奥を楽しむと、佳主馬は健二と一緒に一気に極みに駆けあがった。
唇がはずれて、健二の感極まった声が響く。
「あ……ああ……ッ!」
さらさらのコットンの感触が素肌に優しい。
「ん……」
佳主馬は何度目か、健二に目で乞われて口移しに水を含ませてやる。
バスルームでの一件で結局のぼせてしまった恋人は若干ご機嫌ななめだ。
額に冷却シートを貼りつけ、素裸のまま佳主馬のベッドのシーツと夏掛けの隙間で横になっている。ベッドサイドにはポカリスウェットのペットボトルが置かれていて、健二の隣に同じ格好で添い寝をしている佳主馬は、要求に応じて幾度でも健二に水分を補給してやらなくてはいけなかった。
まだ吐く息が熱いようで、頬が紅潮したままの健二の辛そうな様子を見ると佳主馬としては胸が痛い。
「……だからイヤだって、言ったのに」
あきれ果てた声で恋人がそうつぶやくと消え入りたい気分になる。
「ごめん……」
「ああいうことばっかりするなら、もう一緒にお風呂入らないよ?」
「え……」
一瞬にして絶望の淵に落とされる。
「僕は佳主馬くんと、髪の毛を洗いっこしたり背中の流しっこしたりするのは好きだけど、お風呂に入る度にのぼせてこんな風になるのはやだよ」
はっきり言われてしゅんとする。
「ごめん、健二さん」
「水、ちょうだい」
言われて再び、ポカリを口に含んで与えてやる。少し乾いた唇が痛々しい。
離れて、佳主馬が再び舌で唇を舐めてやると健二が眩しそうに微笑した。
「ありがとう、佳主馬くん」
礼の言葉を言われて、原因を作ってしまった身としてはとても複雑な気分になる。何か弁解の言葉を言おうとして、上手く思いつけない。
何度か口を開きかけては、黙って恥じ入る。
毎日一緒にいるのに、手も足も出なくなる自分が情けないと佳主馬は思う。
「謝ろうとしてる?」
「はい……」
ただ、どう言葉を尽くせばいいのかわからない。ひどいことをしたという申し訳なさと同じ位、甘い滓が底にある。そんなものを感じながら言う詫びにどんな意味があるのだろうかと佳主馬は思う。
「僕は……健二さんの気持ちとか考えないでひどいことした。けど……ごめん、もう二度としないってちゃんと誓えるか、自信ない。家族って言ってくれたのうれしくて……だから、また健二さんと一緒にお風呂入りたいし、入ったらまた自分が抑えられなくなるかもしれない。だったら、もう二度と一緒に入らないって言った方がいいのかな?」
佳主馬にしてみれば真剣な悩みだ。
「健二さんを怒らせてるのわかってるんだけど。僕は……いじ汚い、のかな」
健二は微笑した。手を伸ばして、健二の前髪に指をからめる。
「髪の毛、まだ濡れてるね」
「乾かしてるヒマなかったし。健二さんも濡れたままだ」
健二は「そっか」とまた弱く笑う。
「別に、そんな……怒ってるわけじゃないんだ。ただ、なんかああいうのは自分が自分じゃなくなりそうでコワい」
言って、少し佳主馬の方にすりよった。
「それに、ちゃんと動けないのも……ちょっと……」
「健二さん……」
最後につけたされた小さなつぶやきに、佳主馬は目を見開く。
健二の頬は紅潮したままだ。
風呂場でのぼせたせいだ。でも。もしかしたらそれだけじゃないのかもしれない。
その可能性に、佳主馬はようやく思い当たる。
「僕は、健二さんとお風呂入るの好きだよ」
顔をあげずに健二がうなずく。
「家族みたいって言ってくれてうれしかった。それって、弟みたいってことじゃないよね?」
もう一度、健二がうなずく。
「また一緒に入ってくれる? その、毎回こういうことにならないようにするから。健二さんの体に負担かけたくないし。ちゃんと、するときはベッドでするから……でも、たまにはやっぱりしちゃうかもしれないけど……」
「……」
少しのためらいがあった。それで佳主馬は不安になる。
「健二さん、だめ?」
すると、今度は首が横に振られる。
「毎回、じゃないなら……いい、けど」
「健二さん、お願い。こっち顔見せて」
佳主馬のおねだりに渋々顔をあげた健二の顔はやっぱり真っ赤なままだった。
「僕だって、佳主馬くんと一緒のお風呂……は、好き……だって、さっきそう言ったよね?」
佳主馬は健二の額に自分のを合わせる。
熱いのは、多分自分と同じ理由が大半だ。
「たまになら……いいんだ。でも、毎回は困る……」
さらに、ひっついたままのでこの温度が上がった気がする。どうして、この年齢上の恋人はこんなにもかわいいのだろうか、と佳主馬は真剣に考える。
「よかった。ホントに嫌われたらどうしようかと思った」
「佳主馬くんを嫌いになんかならないよ、僕は」
「うん……健二さん、大好きだ」
健二がまた小さく頷首した。
「でも、ホントにお風呂で毎回っていうのはだめだからね?」
しっかり釘をさすことは忘れない恋人は、幸福そうに微笑むと「なんか、眠い」と小さくあくびをした。
言われて、全身を柔らかな疲労が包んでいることに気がつく。
ひどく心地よい。佳主馬もつられてあくびをした。
二人で目を閉じる。
そうして後は、同じ夢の中にゆっくりと沈んでいった。