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● 夕暮れに、ばらの花  ●




 健二は手首を掴まれて、引っ張られる。握る強さに、微笑した。
 自分を求める力に委ねて、佳主馬の腕に収まる。体格だけならそれほどのアドバンテージを相手に許していないのだが、抱かれると何となくそんな感覚になる。ほとんど同時のキスを受け入れる。
(キス……は、すごく、どきどきする……)
 舌が口の中を舐め尽くしていく感じが圧倒的で、呼吸の荒さが切迫している心情を余さず健二に教えてくれる。
 漏れる息まですべて貪られているようで、その余裕のなさが気持ちいい。
 唇が外れて、のけぞるように反った喉を舐められる。
 そのままキッチンテーブルに上半身を押し倒された。
「か、ずま、くん? できればベッドの方が……」
「だめ。待てない」
 反論をキスで塞がれ、シャツの裾から手を差し込まれて身体をなぞられる。
「あ……か……ずまく……」
 布の下で簡単に佳主馬に発見されてしまった胸の先端は、あえなくつままれ指先でこねまわされる。最近の健二はおかしなことに、その行為であられもなく声があがってしまうのだ。
 佳主馬にはそのことをもう気づかれてしまっている。
「や……ぁ……そこ……は……」
「好きでしょ? ここ、こうされるの。あと、舌でこうやって、ぐりぐりってするのとか……」
「あぁ……ッ!」
 鋭い快感は電流みたいな速さで身体を駆けぬけ、その源に甘い余韻を残す。
 舌と指でたっぷりと時間をかけて懐柔されていく。声が抑えられない。気持ちがよすぎて、頭がくらくらする。
(やばい……なんか、開発されてる気がする……)
 最初にされた時はくすぐったさの方が先だったのに、最近はもうすっかり。
「ん……ッ、あ……」
 キッチンが甘い声と息で満ちていく。
 浅い色合いのストレートのデニムの上から、佳主馬がもみしだくようにして手を動かすから、堅い布地にはばまれてもあっという間にきつくなってしまった。
 胸の先を交互に丹念に舐めしゃぶりながら、佳主馬の手が器用に健二のデニムの前をくつろげていく。
 下着を押し返すように形を作っている健二のそれを、楽しそうにしごきながらつぶやく。
「ホントにさ。僕って大変だよね。人類全部がライバルだなんて……」
「なに、言って……」
「かなり切実な話なんだけど? はい、デニム脱がすよ? 一緒に下着も脱いでおこうね」
 佳主馬は大まじめな声でそう言った。
 テーブルの端の方にまとめてあったドラッグストアの戦利品の中から、新品のローションを手に取る。
(なんて言うか、こういう時に相手のことかっこいいとか思ってるのって、ヘンだよね、やっぱり)
 キッチンの灯りが眩しくて、腕を影にしながらそっと横目で説明書きを見ている佳主馬を盗み見た。
 身体を返されて、尻の間にぬるりとした感触のものが塗り込まれる。
 やがて、指が差し込まれた。
「ふ……ん……ッ」
 圧迫感と、すでに馴染みになった感触。内側をいじる佳主馬の指はやがて核心に至る。
「あ……ッ、あ……」
 くちゅくちゅと卑猥な音の度により奥に佳主馬の指が差し込まれ、中で動かされる。
 薄く目を開ければ、さっき買ってきたばかりの柔軟剤の詰め替えやら液体洗剤の新製品やらが目に入る。
 すがるものが欲しくて手を伸ばせば、歯磨き粉のチューブが手に触れた。どさりと、レジバッグごと戦利品が床に落ちる。
 だが、もはや健二はそれを気にする余裕などありはしなかった。
 内側に三本めの指を受け入れ、さらにばらばらに動かされると身悶えるしかできない。
「健二さん、気持ちよさそう……」
「ん……んぅ……ッ!」
 指で健二を攻め続けながら、佳主馬は尻にキスをする。それから何度も舌で舐めあげた。
「このローション、やっぱり具合いいんだね。また買ってこようね」
「……がう……くん……」
「なに? なんて言ったの?」
 佳主馬がひどく優しい声で尋ねてくる。こういうのを猫なで声というのだと、健二は思った。
「ちが……佳主馬、く……だから……」
 もう一度、おかしくなりそうな快楽の中で、健二は必死に言葉を拾った。
「健二さん……」
「佳主馬、くん……だから……」
 ようやく言葉らしい言葉になったとほっとした。
 指がずるりと引き抜かれる。
「夕方、すごいムカついたんだよね。僕の目を盗んで女の子と仲良くしてたりしてさ」
「ちが……」
「嫉妬とか、すごくカッコ悪い……けど、ムカついたからホントは今日はなすとか健二さんに入れていじめようかって思ってた」
「え……」
 すっとした表情の奥でそんな物騒なことを考えてたのかと、健二はぞっとする。特売だからとレジかごに入れていたなすの使い道はもしや、と思うと震えがきた。
「でもやめた。健二さんの中に、僕以外が入るのって、もっとムカつく。今日買ったなすはマーボなす食べたかったからだよ。誤解しないで」
 そう言えばレトルトの中華味の素を買ったことを思い出す。少し、気が緩んだと思った途端尻を両手で掴まれ、思い切り開かれた。そこは、すでに佳主馬の指を許した場所だ。
「ホントにね。世界中敵だらけだよ。でもね、僕は……」
「ん……ッ!」
 いつも、そこから焼き尽くされてしまうのではないかと健二は思う。この世で一番熱い塊が、無理矢理ねじ込まれていく。

「僕は、戦って勝つの、好きだから。全部が敵でも戦うよ」

「あ……ッ!」
 苦痛を伴いながらも絶対の王に支配されていく感覚は、半ば倒錯的でぞっとするほどイイ。
「ん……キツ……」
 背中で荒い呼吸がある。この瞬間、自分の身体が佳主馬を甘くとろけさせ、いっぱいにしているのだと思うと、ぞくぞくする。
 支配されていく感覚が、するりと支配する感じにすり替わる。
 受け入れ、蹂躙されながら、その実佳主馬のすべてを支配しているのは自分だという甘美な陶酔に酔ってしまう。
 視界の隅に夕方もらったピンクの可憐なばらが映った。
 がたがたと身を預けたテーブルが音を立てる。突っ張るようにして床を踏みしめ、後ろから突き上げてくる佳主馬の熱に耐える。
「あ、あ、あ、あ……ッ!」
 奥を突かれる度に声が漏れる。裸の尻を差し出して、佳主馬と獣のようにつながって、腰を振る。
 今の自分を、佳主馬に出会った頃の自分に聞かせてやったら「冗談はやめてよ」と怒られるだろう。
 あのころの自分はなにも知らなかった。
 四つも年齢下の男に、骨抜きにされ全力でかわいがられる甘さも。いつになったら途切れるのか果ての知れないときめきも。
「ん……ふ、ぅ……っ!」
 角度を変え、脚を持ち上げられる。また、違う甘さと快楽に健二は引きずり回され、声をあげる。
「健二さん……キス……」
 無理な姿勢で求められ、舌を絡められる。そのまま激しく腰を使われながらキスをした。
「だめ……もう、だめ……イ……」
「うん……達って……顔、見たい……」
 佳主馬はうっとりとした声で健二の耳に毒を流し込む。そのまま耳の中まで舌で舐められた。
「あ……も……ッ!」
 どうしようもなく膨れ上がったそこが暴発する感じ。
 達しながら、さらに深く突き込んでくる佳主馬の熱におかしくなる。
「だ……や……今、だめ……ああッ!」
 奥で佳主馬がはじける。
 叩きつけられるような飛沫の感触は、そのまま佳主馬の自分への終着だと思うと、ぞっとするほどクる。

(もっとちゃんと、見ておくべきだったなあ)

 そんなことを思った。
 出会った夏の佳主馬は、まだ幼いが男の顔をしていたように思う。ひどく大人びていて自分など簡単に凌駕する、孤高のまなざしだ。
(あのころですでにかっこよかったもんなあ)
 ずるりと内側から佳主馬が出ていくのが、心なしか切なくさえ思える。
(今の方がもっとかっこいいけどさ)
 慈しむように、佳主馬が健二の上にいくつもキスを降らせている。
 顎の下、唇、頬、まつげ、佳主馬が唇で触れてくるのが心地よい。
「身体、痛くない?」
「大丈夫、だけど……うんやっぱりちょっと……かな? するならベッドにして欲しかったかも」
「ごめんなさい……我慢もできなくて……」
 しゅんとした様子に健二は微笑する。
「まただ」
「なに?」
 佳主馬が首を傾げると、健二は手を伸ばして恋人の長めの前髪に指を滑らせる。
「また、君にときめいた。佳主馬くんって、すごいや」
 一瞬で真っ赤になった佳主馬はそっぽを向いてそそくさと身繕いしてしまう。
「そんなことない。第一、僕が健二さんにかっこよさでかなうとか思ってんの?」
「いや、そんな勝敗つけるの、この世で佳主馬くんだけだから」
「仕方ないでしょ? 僕のはもう刷りこみに近いんだから。健二さんはかっこいいんだよ、すごく。いい加減自覚してよね」
 佳主馬はそう言って膨れた。
「お風呂、作ってくる。健二さんすぐ入りたいでしょ?」
 たぶん、毎日恋をしている。
 健二はそう思う。
 ふと、目の端にピンクのばらが目に入った。
 自然に微苦笑が漏れてしまう。
「わかってんのかなあ、佳主馬くん。僕にだって全世界に敵だらけなんだけど?」
 しかも、間違いなく数は自分の方が圧倒的に多いときている。
(でも、まあ……)
「健二さん、もうお湯貯めながら入っちゃいなよ。そのまんまじゃ気持ち悪いでしょ?」
「一緒に入る?」
「……いや、今日は自粛しときます……」
 健二は佳主馬の紅い頬に微笑する。
(戦って勝つのが好き、って言ってる人の……恋人、なんだし? それくらいは覚悟も必要ってことかな)
 健二は、なんとなく身震いすると佳主馬の言葉に従ってバスルームへと歩いて行く。
「……佳主馬くん?」
「……? ……ッ!」
 恋人の頬にすれ違いざまのキスをしていったのは、決意表明のつもりだ。
「け、健二さん?」
「……うん、がんばんなきゃ」
 佳主馬がものすごい形相でパスルームの扉を開けるのは、それからたっぷり5分後のことだ。
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