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● 来襲の理一  ●




 キスは長く続いた。
 魂を抜かれた状態の二人を後目に理一は「じゃあ、そろそろ帰るわ。また来るよ」と手を振ってご機嫌な様子で帰っていった。
「いやあ、健二くんからは実にいい話を聞けた。今度会う時もエッチは手を抜かずマンネリにならないようにがんばればいいってことだよな」と、健二の話の欠片も参考にしていないのがまるわかりの捨て台詞も忘れてはいない。
 玄関の扉が閉まる音が、リビングで惚けている二人の耳に届く
 先に口を開いたのは健二だった。
「あの……さ……理一さんて、僕らのこと……」
「……っ!」
 佳主馬がいきなり身を乗り出して隣にいた健二の肩を引き寄せた。
 塞がれた唇の間から割り込んだ舌に素直に応えると、佳主馬の手がシャツの裾から差し込まれる。
「どうしよ……すごい、うれしくて泣きそうだ……」
 息の多く混じる佳主馬の声は、少し震えていた。
 吸いつくような手のひらが、肌を探る。
 他人に触れられることが悦びだと、佳主馬との恋で健二ははじめて知った。
「どうして?」
 着ていた服のボタンが外される。少し未来の予感は、健二も望む甘い時間の訪れだ。
 健二の問いに佳主馬は、ちゅっと音を立てて胸に吸いつき笑った。
「だって、すごいいっぱい健二さんに口説かれた」
「口説いてなんて……っ!」
 敏感なところにごく軽く歯をたてられて、びりっと電流が走る。しびれの後に甘い余韻が残る。佳主馬だけが健二に施せる巧だ。
「僕は口説かれたよ。健二さんにあんな風に言われて、うれしくないわけないでしょ?」
 舌をつきだして、濡れた胸の先端を舐め溶かしていく。もうそれだけで声が甘くとろけてしまう。
 一緒にいようと決めてから、何度も何度も「こうされることは気持ちがいい」と教え込まれた。
「それとも、あれは誰か他の人のことなの……?」
 カリッ、と甘くぐずぐずになったところに歯が立てられて、健二の身体が跳ねる。
 前をそろそろと弄られながら、なおも許す気のないらしい佳主馬に同じところばかりを攻められてあられもない声がひっきりなしにあがってしまうのが悔しい。
「ねえ? 健二さんが最初から全面降伏してる人って、誰?」
「あ……ッ、それ……や……ッ!」
 ぎゅっと下腹のあたりを撫でまわす手が、形を成してきたそこを掴む。同じタイミングで肌に歯を立てられ、またはしたない声が出てしまう。
「……健二さんがただ、好きでいるしかないとまで言っちゃう相手って、誰?」
「か……っ!」
 答えようとする唇を塞がれて貪られる。これでは弁明のしようがないというのに、キスが全てを食らい尽くしてしまう。
「ん……うぅ……ん……ッ! ッ!」
 格闘家の手が、器用に健二の着ていた服をはぎ取っていく。
 ついさっきまで理一が座っていたソファから丸見えの位置で、健二は佳主馬に乱される。
 屹立した形を手のひらの中に収めた佳主馬が、ゆったりとした調子で上下に擦り上げていく。そこを直接触られると、健二はもう身もだえるしかない。単調な動きだけだと呼吸を整えようとすればいきなり少し強めに握られ、先端を指の腹で啼くまで弄られる。かと思えば、根元の果実を持みしだかれ、もっと蜜を吐かせようとする強欲な指に攻められる。
 ひどいことをされているのに、息の隙間を狙って落ちてくるキスが優しくて甘い。まるで水を求める旅人のように舌に吸いつく自分を、健二はよくわかっている。
「ねえ、健二さんがが好きで好きで仕方ない、一緒にいたい、たくさんさわっていたい人って……?」
「んぅぅ……ッ!」
 いつも寛いでいるソファの上で散々乱されて、健二は佳主馬にすがりつく。
 もはや恥ずかしいほどに形を変え、佳主馬の指を濡らすそれを自ら擦りつけるようにして腰を動かした。
「……か……ずま、く……」

「好きだ」

 耳元に真摯な声が流し込まれる。健二は頷いた。

「……く、も……き、だ……」

 大きな熱の塊が、入り口をこじ開け無理やり押し込まれてくる。
 それはいまだに慣れることのない未知の恐怖で、健二の身体を凍らせる。
 苦しくて内臓をえぐり取られてしまうのではないか、という錯覚に襲われる。
 それでも、最初の苦痛を超えると健二の中にある感覚が生まれる。
 一緒に暮らしはじめていくつの夜を超えたあたりで気付いたのか、よく覚えていない。
 その正体がなんなのか、最近になってようやくわかってきた。

 快感、だ。

「……ふ……ぅ……ッ!」
 ぞくりと、何かが身体を駆け抜けていく。
 佳主馬に貫かれ、揺さぶられる度に走るケモノの名前に思い至る瞬間、激しい羞恥とそれを遥かに凌駕する快楽に健二はもみくちゃにされてしまう。
 大きく脚を広げさせられ天井に突きあげる。のしかかるようにして押し入ってくる佳主馬の熱と重み。
 奥へ奥へと突き進む意志と、肉を食われている悦楽。
 健二は佳主馬の肩にすがりつく。そうすることでより深い場所に恋人を誘いこみ、もっと強い感覚を欲しがっている。
 腰が自然に一番いいところへ熱を誘うように蠢く。
「あ……あ……あ……」
 喘ぎ声が部屋に満ちて、今佳主馬といやらしいことをしているのだと健二に事実をつきつける。
 下だけでなく、口づけで何度も溶け合う。
 内側で健二を攻め立てる熱の塊が大きく膨れ上がる感触に、自然に腰がひくつくように痙攣した。
(誘ってる……)
 それは、めくるめく羞恥に満ちた、甘い確認だ。
 背中にまわした腕に力を込めて、引き寄せる。

「あ……」

 佳主馬の甘い声が、健二に限界を告げた。頷いて、さらに離すまいと身体を密着させる。
 瞬間、痙攣した。
 一番深いところで何かが爆ぜて、飛沫が広がっていく。熱くて、ぬるりとして、奔流となって健二を汚す。
 そのことが、こんなに幸福だ。
「……き……」
 さらに強く佳主馬を抱きしめながら、健二はもう何度目になるかわからないささやかな言葉で、恋人にどうしようもない恋心を伝えた。



 ソファにカバーをかけておいて正解だった。
 2人分の体液で汚れたそれを思い切ってはがすと、セットになっている他のソファのカバーも一緒に洗濯すべく外していく。
 おかげで洗濯の予定が五回から六回になったが、そのことについて健二も佳主馬も文句はない。
「あ、まだ残ってるおいなりさん、せっかくだから食べちゃおうよ。冷蔵庫に入れると固くなっちゃうし」
「結局あのオヤジ、何しにきたんだろ」
 佳主馬は健二の提案に不承不承うなずくと、洗い替えのカバーのかかったソファに座って隣を叩く。
「オヤジって……えーと、様子見に来たんじゃない?」
「いやがらせの間違いじゃなく?」
 大人しく隣に座った健二に、佳主馬が真剣な顔でそう問い返してきた。
 理一の最後の言葉を思い出して健二は顔を赤らめる。
「う……否定できない。なんか、理一さん僕らのこと知ってるみたいだったし。まずくない?」
「おいなりさん? 美味しいけど」
「そっちじゃなくて、陣内家的に。僕らがその……こういう関係だっていうのは」
 語尾が徐々に小さくなったのは仕方のないことだ。佳主馬は、親戚の手土産を口に放りこむと「別に。なんか言われたら戦うから平気」とさらりと言ってみせた。
 一瞬にして、赤らんだ顔の色が沸騰レベルに引き上がった。
 佳主馬は横目で視線を送ると、なんとなくうれしそうに目を細める。
「健二さんはいいの?」
「……僕も、戦う。から……」
 佳主馬の手が健二の手に重なった。
「共同戦線だね」
「うん」
 一瞬、記憶の中のどこまでも青い空が甦る。佳主馬がこちらを向いて真摯な瞳で言う。
「僕たちは、勝つんだから。絶対に」
 その言葉に、健二は頷いた。
「理一さんと恋人さんに比べたら、遥かに状況は有利だと思う。勝つまで負けないでいよう」
 ふと、佳主馬の目が怪訝そうな光に揺れる。
「健二さん、知ってるの? 理一さんの相手のこと」
「……なんとなくさっきの話から察しただけだけど。間違いないと思う」
 他には誰もいないのに、思わず声を顰めて健二は頷いた。佳主馬も健二に倣ってか、小さな声で同意する。
「知らなかったよ。ていうか、意外」
「だよね。理一さんたちに比べたら、僕らはまだ全然障害ないって思った。それでもずっと好きで居続けられてるあの人がいるんだ。僕らは大丈夫だよ」
 佳主馬は嬉しそうな顔で、素早く健二の唇を奪う。
「すごいや。二度と理一さんなんか家にあげてやるもんかって思ってたけど。こんなことを健二さんがすらすら言ってくれるんだったら歓迎してもいいって思ったよ」
 不意打ちのキスにどぎまぎしながら、健二は「親戚なんだから冷たくしない方がいいよ」と笑う。
「味方……は無理でも敵になる感じはしなかったし。理一さんも、難しい相手と恋愛してるからかな」
 先ほど理一がみせていた複雑な表情を思い出して、健二は息をつく。
「……まあ、僕らよりはね。けど、そうやって健二さんが理一さん、理一さんっていうのは気にいらない」
「そこで怒っちゃうんだ」
「またさっきみたいなこと言ってくれたら機嫌すぐ直るけど?」
 そういう佳主馬の目が少し笑っている。健二は「あんなのそうそう言えるわけないでしょ」と苦笑せざるをえない。
 どさくさに紛れて、ずいぶんとあからさまな告白をぶちあげた気がする。
 もっとも、佳主馬の機嫌が上々だからそう後悔するほどでもないのだが。
「でもあれだよね。理一さんも大変だ」
「そうだね……相手があれじゃなあ……」
 二人して「うん、うん」と頷く。
 健二は理一土産のおいなりさんの最後の一個を頬張ると「まずさあ、食事の好みとかって違うよね。生活文化が違うわけだし。理一さんの恋人さんって、たとえばおいなりさんとかって、美味しいって思ってくれるのかな?」とさらに佳主馬に同意を求めた。
 かくり、と佳主馬がこけた。
「え? 健二さん、それどういう……」
「だから。CIAの女スパイなわけでしょ? そういう人って、おいなりさんとかお茶とかの味がわかるのかな?……って、あれ?」
 隣で佳主馬が大爆笑している理由が、健二にはわからない。
 理由を知るまで、あと一分。
 佳主馬に「まず、間違いないよ」と理一の恋人の名前を聞かされるまで更に一分。
 名前を聞いて驚き、それから「あるかも」と思い至るのにはほんの3秒。
 大変な勘違いをしていたらしいと理解した健二が、今日一番の茹でダコ状態になるのにそれから10秒。

「健二さんじゃないけど……僕も健二さん以外の人なんか好きになれるわけないって、今改めてしみじみとものすごく思った。そんだけかわいいのって、卑怯レベルでしょ実際」

 大真面目にそう言った佳主馬が、まだ真っ赤な健二の腕を引っ張ってベッドルームにこもるまで、さらに20秒。
 散々啼かされて喉が枯れた健二が佳主馬に解放されるまでは……秘密だ。
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