アヲハル
「泉、もういい……」
「……ん。ゴム、持ってっか?」
「……あるよ」
「んじゃ、ちゃんと使えよ。中に出されっと、さすがに明日走れないの確定すっから」
「……ああ」
浜田の声音が変わっている。
(あー、はいはい。スイッチ入ったんだな。って、ゴム常備かよ。どんだけ用意周到なんだよおめーは)
まさか、と考える。
(使用先はオレとあと……ほかに、誰かいたりして)
それは全く面白くない想像だ。別に恋人というわけではないが、こういうものを共有状態というのは不愉快な気持ちになる。
「こら、ほかのこと考えてんじゃねーよ」
浜田に言われてはっとする。
「なに、それ。心読んだつもりかよ?」
「どーせ、常にやる気満々とか思ったんだろ?」
「……」
「やっぱ考えてたんじゃねーかよ。こーゆー時くらいオレに集中しろっての」
泉は混ぜっ返そうとして失敗した。キスでふさがれてしまった。
(あちぃ……)
深く舌をからめながら、下腹部に浜田の手が伸びてくる。
キスをしながら、そこをいじられるのは結構クる。
(すげぇ、熱ぃし……)
首筋に腕を回して引き寄せる。
くちゅくちゅと濡れた音が耳につく。擦られる度に快楽がほとんど暴力のように泉をさいなむ。
漏れる声をすべてキスで奪い取られて、泉は加熱され発熱する。
うんざりするほど暑くて、そして湿った夜だ。
浜田の呼吸が荒いのも、重なってくる体温が異様に熱い気がするのも泉の勘違いではないだろう。
(まあ、今日は朝からあちかったけどな……つか、ホントに最後までヤんのかな? まあ、オレがいいって言ったんだけどさ。明日も朝から練習なんですけど? オーエンダンチョーさん)
真夏だ。
真夏の夜だ。
野外でサカってたって仕方がない。
(この顔は、結構……嫌いじゃねーっつか)
本当は一番好きだ、と思う。
すごく、気にいっている。
誰かと共有するなんて、すごく、イヤだ。
見つめられる瞳に熱がはらみ、濡れている。これは浜田が自分を欲しがっている時の表情なのか、と思うとぞくぞくするほどクる。
「く……ん……ッ!」
脚を思い切り開かされて、片足だけ身につけていた下着とハーフパンツを抜かれる。
「や、ば……っ! 濡らすんならほかので濡ら……ッ!」
熱くぬめったものが、浜田にだけ許した場所を拓きはじめる。
そこに舌を使われることはたまにあるのだが、練習後でシャワーも使えていないのにされるのは、さすがに恥ずかしい。
いっぺんにいろんなことを想像して、泉は暴れようとした。だが、がっちり押さえ込まれていてそれが叶わない。
「人、来たらバレっから。文句言う口は押さえとけ」
濡れた音の隙間にそう囁かれて、全身に火がついたみたいになった。
内側で浜田の舌がうごめいている。
ひきつるような感覚がひっきりなしに尻から駆け抜けていく。
「あ……ッ!」
草いきれの青い匂いが鼻につく。虫の声も風が緑を揺らす音もする。
この場所は昼間に何度か通ったことがあった。
今、泉たちを隠すつつじの茂みの影で、小さい子たちがかくれんぼをしていたのを見たことがある。
「子供は無邪気でいいねえ」と友だちと笑いながら通り過ぎた。
「……ッ!」
羞恥がいきなり臨界点を超えた。
浜田の身体が離れたのをチャンスと慌てて逃げようとする。
「あ……あ……」
なのに身体が動かない。ぱくぱくと、酸欠の金魚みたいに何度も口を開けては呼吸を繰り返す。
ちゅ、と音を立てて浜田がその口にキスをした。
「このゴム……ぬるぬるしてんのついてるヤツだから。けど、ダメだって思ったらオレを止めろよ? 全力でストップかけっから」
「あ……」
半分涙を浮かべたまま、泉は浜田を見つめた。
「だって……お前、ここまでしたんだったらヤリたいだろ?」
我ながら間の抜けたことを尋ねてしまった。反省しても、言葉は取り戻せない。
浜田は笑った。
「……そりゃまあ。好きなコがさせてくれるって言ってんだから、ヤリてえけど。でも、好きなコだからひどいことはしたくないのもホントだし」
言われた言葉には聞き捨てならない成分が含まれていると思った。
ツッコミどころが多すぎて、混乱する。
だから、とりあえず。
「する。ヤリてぇ」
と、応えてみた。
浜田はため息をつく。
「はいはい。てかお前、オレの告り何回スルーすりゃ気が済むんだよ?」
「うるさい。早く挿入れろ」
「……オレは、おまえのこと、好きだぞ?」
「う……」
浜田が熱を押しあてる。それから、気遣うようにしてゆっくりとねじこんできた。
息が苦しくて、大丈夫だと思っていたのにまだ先端の一番カサのある部分を飲み込むのがひどく大変で、痛かった。
無理矢理押し広げられているというよりは、どうしてもまだ生きながら引き裂かれているような気になる。
だが、浜田があんまりにも何度も何度も耳元でばかなことを囁くので、苦しいのも痛いのもどうでもよくなった。
「好きだ」
最初からそうだった。浜田は泉を抱く時、ひどく真剣な面持ちでそう囁く。
ずるい、と思う。
囁かれるとふとゆるむ。ゆるんで、また深く浜田を受け入れてしまう。
これではまるで。
「好きだぞ?」
ずるい言葉に身も心もゆるんでいく。その度浜田が泉の内側に入り込む。
まるで。
「泉も、言っちゃえばいいだろ? そしたら、もっと……」
かちり、痛覚と快楽がスイッチみたいに切り替わる。
「あ……あ……」
二人でしているのは、人間の行為の中で何よりも生々しい営みだ。
脚を思い切り広げ、自分の内側に浜田をくわえこみ、揺さぶられる。
突かれ、擦られ、貪られる。
怖い、と思う。
たぶん、浜田と寝ることを覚える前から泉の中にあったのだろう、だが、あまりにも未知の感覚だ。
飲み込まれ、揺さぶられ、身体の中から声があがる。
「好きだ」
半ば着衣のままだ。浜田に至っては、前をくつろげただけの。ただ、つながるためだけの格好だと思う。
「んぅ……ッ!」
時折、甘すぎる刺激が駆け抜ける。
(暑い、熱い、暑い、熱い……)
汗まみれで、浜田と繋がっている。
「好きだ」
また囁かれ、泉は浜田の首にすがりついて引き寄せる。
キスでまた深く繋がる。
「んッ、ふ……ッ」
キスしたまま抱き起こされ、浜田の膝にあげられた。自分は現役の運動部員だというのに、断りもなくこういうことをするから浜田は嫌いだ。
「あ……深……ッ!」
自重でより奥まで浜田にうがたれる。苦しくて、でももどかしいほどの甘さが一緒にある。
そのまま二人で揺れた。
キスをしながら腰を振る自分は、淫乱以外の何者でもないと泉は思う。
(熱い……けど)
きつく抱かれ、深くつながり、揺れるその行為がたまらなく。
泉は夢中で浜田の髪の結び目に手をやる。遠い日の記憶が一気に、甦る。
あの日の自分は、こうして浜田と繋がる日がくることなど思いもよらなかった。
かっこいい、かっこいい浜田先輩。
同級生のしょうもない、だが優しい浜田。
泉にとっては、どちらも。
(気持ち、いい……)
「……っ、泉……ッ!」
内側で浜田が膨れ上がる。
そのまま再び芝生に押し倒され、激しく腰を使われた。
「あ……ヤバ……こん……あ……ッ!」
混乱の中で、何を口走っていたのか泉にはわからない。ただ、白熱してどろどろになった脳みそが、浜田を呼び続けていたように重う。
無意識は、正直だ。
なんだか、訳の分からないことを叫びながら達した気がする。
いや、もしかしたら気の利く浜田は泉の声も余さずキスで貪り食ったのかもしれないが。
よく覚えていない。
夜の底で、全部浜田にくれてやったまま達した。
「……てめぇ、いい加減にしろよ」
「ごめん……ちょっと、ヤリすぎ?」
「なんか、腰がくがくしてっぞ」
すぐそこの水飲み場で絞ってきたタオルで浜田がかいがいしく泉の後始末をしてくれている。
今はもう髪を解いてしまっているのが惜しいような、不思議な気持ちだ。
好きにさせていると、時折不意打ちでキスをされる。
「……このキスの意味がわかんねえ」
つぶやくと、浜田が苦笑した。
「わかれよ。てか、わかるでしょふつう。エッチした後に好きなコがよけいに愛しく思えるっつーか、愛してるっつーか」
「きめぇ」
「きめぇとか言うなよ。こんなに真心尽くしてんのに」
「真心ってなんだよそれ。そんなもんがあるなら、明日朝練があんのにあんながつがつ突くか?」
「いやだからそれは、泉がエッチの最中に、すげー気持ちよさそうな声で『気持ちいい』とか『もっと』とか言うからキレたっつーか」
「言ってねえし。そんなこと」
むっとして横を向けば、浜田が「言ったじゃん。それでオレ、かーってなったんですけど?」と笑って隣に座る。
炭酸のボトルを開ける音がする。
ごくごく飲みながら、浜田がそっと泉のむき出しの二の腕に触れてくる。
「……『もっと』とかって言ってねえし」
「はいはい。それでいーよ、もう。な、飲む?」
「飲む」
身を起こそうとしたら顎を捕まれて、キスされた。
しゅわしゅわとした甘い味が流し込まれる。
「……自分で飲めるっつの」
少し顔が紅くなっている気がするが、どうせ夜だ。そんなには気づかれまい。
「いいのいいの。オレがしたかったから。もう一口ど?」
「いる」
今度は炭酸で刺激された舌を、浜田が舐めてケアしてくれるおまけがついた。
「もう、やんねーぞ?」
「しねーよ。明日練習あんのに挿入れちまったって、今ちょっと反省してんだから」
「反省する必要は、ねえよ。ヤリたいっつったのオレだし」
浜田は苦笑した。
「男らしいよなあ。そういうとこ」
言いながら、また二の腕に触れる。
「あのさー、泉、その内言葉でちゃんと、オレの告りに応える気、ねえの?」
泉は応えずに、自分にふれる浜田の手に指を滑らせる。
「泉がオレとキスとかエッチとかしてくれてることの意味はわかんだよ。けど、時々こう……な?」
「な? じゃねーよ。そろそろ帰っぞ。オレは腹減って死にそうだ」
浜田は何か言いたげな顔をすると、息をついた。
「ま、いいや。今日は結構いい感じに確かめられて満足してっし」
「確かめられたって、何が?」
「泉がオレのこと好きだってこと」
浜田がしれっとして言うので、首を横に何度も振った。
「ないない。そんなことしてないし」
「してんだよ。だってさー、オレ、気付いちゃったんだけどー」
浜田はにやにや笑うと、半身を起こした泉の耳元に囁く。
「最中に泉に『好きだ』っていう度に、中がきゅっと締まんだぜ?」
顔に火がついた。
(なに?それ……)
意識すらしていないところで、浜田の言葉に喜んでいるとでも言いたいのか。
「なんかこうオレ、気持ちいいわ、うれしいわでどうにかなりそーになんだよなあ、あれ」
「オレは浜田なんか、大嫌いだよ」
でれでれしている顔が憎たらしくて思わずそう言って立ち上がる。
腰の奥がずきりと痛んだがかまわずに、浜田をおいてさっさと自転車まで大股で歩いて、さっさとチェーンを外してしまう。
「なんだよ、泉。そーゆーこと言うなよなあ」
あとから慌てた浜田が追ってくる。
顔をあげると、ついさっきまで自分を抱いていた男を待つ。
近づいてくる顔はなんだかしょげているようで、少しばかり気の毒になった。
(ちょっと言ったくらいでそんな顔すんなっての)
「大嫌いとか、言われっと傷つくんだぞ? しかも好きなコにさあ」
「ああもう、わかったから、あんまり好き好き言うな。減る」
「減るってお前……ッ!」
特に理由はない。
ただ、わかりやすくしょげかえった浜田の顔をみて、そうしたくなっただけだ。
15センチの身長差はその内取り返すつもりだ。
だが今は、背伸びをして、ターゲットを捕捉する。
そのまま浜田のキスを捕らえた。
「ん……ッ」
そうだった。
さっきした最初のキスだって、結構久しぶりだったのだ。セックスをして、だいぶ解消されたとはいえ、まだもう少し補給しておきたい。
泉はまた髪の結び目のあった辺りに手を伸ばす。今はもう解かれていて指はさらりとした硬い髪をすくった。
(まあ、これは、これで……)
さみしいが、嫌いではない。
浜田の腕が背中に回る。ぐい、と抱きしめられるのがわかった。
キスが深くなる。
どれくらい、そうしていただろうか。
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